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Timeless Sleep

「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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【CZバレンタインSS企画】様に参加させていただきました。
素敵な企画をありがとうございました。





 壊れた夢。そんな言葉が浮かんだ。

 子供向けに作られた黄色いオープンカーは、独特の振動でがたがたとゆれる。
 爛れたメリーゴーラウンドが見える。白い六角形の屋根に施された装飾は変質して垂れ下がり、木馬の横顔はかすかな光を弾いて泣いているようだ。傷ついた木馬はあるべき場所に整列して、客の訪れを待っている。
 空の合間を縫うように錆びついた線路が走る。歪曲した機関車が重い体を横たえるさまは、飽いた子供に捨てられた玩具のようだった。土の上には機関車のものなのか金属のかけらが散らばり、手向けられる花のように曖昧な色彩を含んでいた。

「ひとりでも来るの?」

 物悲しくも、どこか美しい廃墟だった。
 はしゃいだ子供を連れまわしていたのだろうちいさなハンドルを握り、レインはやんわりと笑んだ。ゆるゆる回転木馬へと向かいながら、ぬるい風を受けて彼の髪が跳ねる。明るい髪色が奇妙に馴染む。

「そうですねー、雰囲気ありますし。驚きもありますし。ホラ」
「!」
 拾ったらしいテディベアの首を突き出してきたレインに、肩をびくつかせる。
「あいたっ」
「何がしたいのよ一体…」
「はしゃいでるんですよー。いけませんか? ほら、デートなんですしー」
「…ああそう、私もよ」

 いつもと同じ様子で説得力のかけらもないレインをいなすように笑った。
 どこにも本気を感じられない。出会った頃から、何を考えているのかわからない。
 そのくせそのことに一喜一憂するようになったのは、最近のことだ。受け止めるほうが嘘のない言葉を探すようになった。いつも、必死で。

 ――あなたのこと、好きみたい。

 不本意そうに言った台詞に、レインはすこしの沈黙のあとに笑った。

 ――じゃあ男女交際とかいうの、やってみますかー?

 そしてなしくずしに恋人になった。深入りしないほうがいい種類のひとだということはとうに気づいていた。それでも車を降りて引いてくる手を握りかえしている。
 好きになってしまったから、と片づけることは簡単だ。だが理性に基づいた選択もそこにはあった。けれどデートに誘われて、日付を思ってそのタイミングの良さにおどろいて、あまつさえ鞄にリボンをかけた箱を潜ませている自分はなんだろうか。
 苦笑しながら、撫子は暗がりに浮かび上がる木馬を撫でた。

「…ここが一番まともに残ってますよね。胴体とかぐずぐずですけどー」
 後ろ暗い台詞を吐きながら、レインは撫子の手をとったままちいさな機械を操る。
「顔、上げてみて」

 言われて、かすかな光の明滅に顔を上げる。ふ、とひとつ明かりが灯り、伝染するように一息に全体が色づいていく。造形は残っているとはいえまともに動くことはないだろう回転木馬が、おびただしい数の電飾に照らされる。まばゆい光に目を細め、呆然と見惚れた。ほころびて壊れた木馬が光に取り巻かれる。

「――きれい」
 つぶやきに、レインの瞳が弧をえがく。
「綺麗でしょ。大分前に直したんですー」
「えっ…レインが?」
「直したっていうか、ちょっと手を入れたっていうか。好きなんですよ、ここ」

 光を白衣で振り払いながら、レインは慣れた様子で足のない馬に跨る。
 鞍上から手をとられて上ると、木馬の首にもたれて腰掛ける。本来一人乗りのものなのでそうすることでレインは随分と手狭になるけれど、奇妙な身軽さで彼は足を揺らしている。支える掌が腰のあたりにあって、落ち着きなく身じろぐとあっさり離れる。

「それで?」
「…はい?」
「さっきからその鞄、随分気にしてるみたいですけどー。どうかしましたー?」
「……」
 わかって言っているのがよくわかるいい笑顔だった。
 そんなに楽しそうにからかわれると反抗心が湧きそうになる。
「――そんなにあっさりばれてたのね。レインアメリカ人なのに…」
「まあそこはあれですよ、ここ長いですしー、日本人になりかけですしー」
「……それもそうなのよね」

 まともに渡せる気もせずに、傍らの膝に押し付けるようにぽすんと箱を置いた。手作り感にあふれる包装を受け止めて、レインは玩具で遊ぶような手つきでリボンを解いた。

「…あはは」
 どぎまぎしながら見守ると、細い指がうさぎの模様の入ったチョコレートを摘まみあげる。
「かわいいですね。でもこれ共食いしろってメッセージですかー?」
「そんな訳ないでしょ…?」
「冗談です」

 ありがとうございますーと邪気のない顔で言って、指先にチョコレートを弄ぶ。
 甘党な彼だけれど食生活の違いから口に合わない可能性は大いにあって見つめてしまう。応えるようにチョコレートを口に放り込んで、レインは不安に満ちたまなざしにくすりと笑った。

「なんですか、その顔」

 覗きこまれて口ごもる。読めない唇は笑んだまま、それ以上問わずに唇に触れた。舌先に甘みが触れたと思えば、次の瞬間には口内に濃密な甘さが染み渡る。暴力的な甘さに、掌がすがるものを探して木馬を伝い、白衣を掴んだ。

「――ふ…っ」

 渡したチョコレートの味をひとしきり教えて離れていくものを、撫子は手の甲で唇を押さえて睨みつける。したり顔で笑って返される。

「…なんなのよいきなり…っ」
「えー、美味しいからご安心をってことですけど」
「それがなんでこうなるの」
「なんでっていうかですね。したかったからじゃ不足ですか? 一応恋人同士ですけど」

 至極もっともなことを片眉をあげて言われ、唇を噛んだ。熱くなった頬でうつむくと、からかうように頬に口づけられて振り払う。笑われる。
 施された熱を噛みしめながら、緩慢に時を過ごす。けれど口内に残る甘みとともに、寂しさが胸に触れた。触れてくる手は確かに熱をもっている。
 けれど胸に抱いている熱や幸福は共有されるものではなく、いつもどこか孤独なものだった。

「――レインは」

 子供っぽいもの思いを噛み砕きながら、間を埋めるように廃墟を見渡す。

「どうしてここが好きなの?」

 ちいさな【答え】を欲する声はためいきのように落ちる。

「そうですねー。綺麗だから、ですけど」
 ことりとレインは首を傾けてから、どこへともつかない笑いを落とす。
「不幸なほうが面白いじゃないですか」
「…え?」
「って言ったの、覚えてます?」

 いつかの言葉を反芻して頷くと、レインはふたつめのチョコレートを口に放り込みながら揶揄するように木馬を踵で弾いた。

「ここは夢を享有する場所だったんです。それが堕ちて壊れて、見る影もないのが面白い。そのくせその様が美しい。そういうところが、好きです」
「不幸なくせにきれいだから好き?」
「そういうことです、賢いですねー」

 レインが笑う。ほとんど意味の取りきれないことなのに彼の言わんとしていることは何となく知れた。悪気のない声で不幸なほうがいいという彼を見るのは二度目だ。けれど胸に触るのは異なる感情だ。なぜそう思うのかと、なぜそれを、どんな風に好むのかと。

「じゃあ、私が不幸になったら愉しい?」

 問いかけにレインは虚を突かれたような表情をしながらも、ややあって面白そうに目を眇めた。

「…取り返しがつかないくらい傷ついた顔、一回ぐらい見てみたいとは思いますけど?」

 心ない台詞が、相変わらず嘘っぽい声で落ちてくる。一度くらい、という言葉が混ざっているあたり煙に巻くような彼らしさがあり、責める言葉も浮かばずにただ苦笑する。

「悪趣味ね。…でもそれって簡単だわ」
 問うように見返される。
「貴方が不幸になって見せてくれればいいだけの話だもの」

 そうすればきっと、たやすく叶うことなのだ。取り返しがつかないことではないだろうけれど、そんな確信がそこにはある。聡い彼には注釈も不要だろうと端的に告げれば、レインは少しの間黙り込んでいた。
 投げられた言葉を受け止めかねるような間のあとで、やがて口元を緩めた。

「…殺し文句ですねー。ボクを誘惑してどうする気ですかー? 暗がりにでもいきますー?」
「…殺されてるように見えないわよ」
「いえいえー、久々に胸が熱くなりましたよー」
「うそつき」
「はは、まあ嘘つくの上手いですしねー。だから君も何考えてるんだかわかんないボクにそうやって一生懸命質問してくるわけですし?」

 核心に近い言葉を不意に差し挟みながら周囲を見渡すレインに、どきりとする。

「でもたぶん君が想像して悲しくなってるよりは、情がわいてるし、幸せになってほしいとも思ってますよ」

 じゃなきゃカレンダーで睨みつけてた日付にわざわざこんなところに連れてきたりしませんし? と付け足される。からかうような口ぶりだったけれど、それを怒る気にはならなかった。ひどく胸が掴まれて、撫子は目を瞠った。

「ただその情が君が【好意】と呼ぶものかは、ボクにはわかりませんけどね」

 付け足された声は冷たい。けれどそれは撫子に向かうわけではない。むしろ情に名をつける作業そのものに向かっている。
 深い情が行き詰まって諦念と化したような響きに触れながら、この人はどんなものが壊れるのを見たのだろうと。
 ふと思った。

「……べつに、それで十分だわ」

 浅い夢でも見ているような繋がりだと思うことがある。けれど口にした言葉は嘘ではない。レインは眉を寄せたあと、くすりと笑った。

「意外と無謀ですよね」

 突き放すようでいて、どこか子供をあやすような声だった。
 この繋がりが続かないと、けれどレインは疑っていない。だがそれは理不尽に潰えるものを知っているからかもしれないと、撫子ははじめてそのことに気付いた。

 ――灰の匂いがする。
 いつか壊れて散らばったものを、どうしてやることもできずに呆然と見渡すときが来るのかもしれない。

 けれどまだ訪れてもいないことに怯えるよりも、曖昧に施される夢を大切にしていたかった。
 ふらされる唇を受けながら、そっと惑いを振り棄てる。
 瞼を伏せた。光にかすんでいた廃墟はいっそう遠ざかり、そこにある甘さが共有されて膨らんでいく。もてあますように揺れた細い腕を冷たい手が捕らえて、その一瞬を刻みこんだ。




【ドリーミングモーテル】

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