忍者ブログ

Timeless Sleep

「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
[2]  [30]  [31]  [29]  [27]  [28]  [25]  [26]  [23
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

まったり見切り発車の連載です。帰還ED後。
幸せに付き合っている円と撫子のうえに起きる一波乱。
円くんの愛情や独占欲についてのあれこれ。

※展開の方向性から、全編通して18歳以上のかたの閲覧を推奨します。

 



 
 それは空を舞う光と塵のように、たえず共有されるもの。
 
 
 【春を抱いて眠れ】
 
 
 頭がおかしいのかと、馬鹿なのかと。
 それは何度となく他人に放ってきた言葉だ。
 だが己に放ったことはなかったかもしれないと、ふとそのことに気付いた。けれどただ飲み込めるほど殊勝にはなれず、円はかすかに眉をひそめる。
 
「…それもこれも、あのひとが遅いせいなんですけど」
 
 この場にいない恋人に責任転嫁しながら、腕時計を指で晒す。
 二月を迎えた街は雪に包まれ、遠慮がちに白々と輝いている。はらりと落ちた一粒が緩むように文字盤で溶ける。
 このところアルバイトに熱心な撫子は、予定されていた時間を超えて労働することが稀にある。彼女らしい生真面目さを円は恋人となる前から好ましく思い、愛してきた。だが、今現在のところは――面白くない。
 
「……」
 
 いいひとばかりなのと撫子は嬉しそうに笑う。だがそこで施される情にはけして純粋でないものもあることは円の目には明らかだ。おめでたいですねと小馬鹿にして見せながら、いつも胸には言葉以上に暗い棘を孕んだ苛立ちを感じていた。
 一緒に笑ってやりたいという思いもあった。そうすることができれば撫子が笑うと知っていたのだから。けれどいつも己の情に殺されて、形にならない。
 
 ――円は本当、やきもち焼きさんだねえ?
 
 穏やかな揶揄で、兄はそんな円の物思いを眺めていた。
 そんなからかいで片づけられたことにちいさな安堵を得た。だがそんなものではない。果たしてこの尽きることのない欲は、嫉妬という平凡さで片付けられる類のものだろうか。
 
「――面倒ですね」
 
 己を見通せない馬鹿さにいらだつ。いっそのことどうでもいいと吐き捨てたくなる。
 だがそれなら、雪に濡れた道を踏み敷いて迎えに訪れる自分はなんなのだろう。
 
「円っ」
 
 通りのいい声が聞こえた。落としていた視線を上げた。
 バッグを抱えて往来に姿を見せた撫子は、こちらを見るなり花が綻ぶように微笑んだ。そうしてすまなそうに目を細める。駆けだした足に黒髪が弾み、ふわりと雪を散らしている。
 
「待たせてごめんなさい」
 
 脇目もふらずにまっすぐに駆けてくる恋人にほだされそうになりながらも、それはけっして表には出さずに円は一瞥をくれた。
 
「待ちましたね」
「ごめんね…」
「…いーですけど、別に。仕事ですし」
 言いながら凭れかかっていた街路樹から背を離して、微笑を浮かべる。
「どーも。今日も張り切って愛想のほう、お疲れ様でした」
「…もう、そんな言い方しなくたっていいのに」
 放った台詞に、撫子は困り顔で眉を垂れる。
「円のお父様だって接客業に携わってる方でしょう?」
「ぼくの父親は経営者です」
「そもそも央は」
「央はもともと無駄に笑顔だからいいんです」
「無駄に笑顔…」
「実情を知っているからこそ貴女みたいなお嬢様がやってると非常に癇に障るんですよ――悪いですか? ぼく、なにかおかしなこと言ってます?」
「おかしいとは言えない空気ではあるわね…」
 
 へえ、と鼻を鳴らす。理不尽な口をきいていることはわかっている。だが辞めてしまえとまでは言わないまでも、この位なら許されるだろうと正当化しながら円は口先で笑う。
 しかし実際日本のサービス業というものは本来のサービスの範囲を超えた奉仕を良しとする傾向にあり、お嬢様育ちの撫子には肌に合わないのではないかという純粋な懸念は最初から存在しているものではあった。だがそれを口実に辞めてしまえというにはあまりにも別のところが不純で、また撫子は柔軟さを有する【お嬢様】だった。
 
「でも、わたしはあそこで働くわよ。少しくらい大変なことがあったって頑張るつもりだもの」
「どうぞご自由に」
 撫子は唇を突き出す。けれど円をしばらくの間見返すと、ふと笑んで首を傾けた。
「でも、…心配してくれてありがとう。…寒かったのね」
「はい?」
「ほっぺたが赤いわよ?」
 
 煙る息をくゆらせながら、指先が円の頬にいたわるように触れる。
 不意に優しさを施されて毒気を抜かれる。
「貴女のせいですよ」
 嫌味で返しながらそっと手をとる。ほっそりとした温かい掌は、重ねてきた年月からかすんなりと円の手になじむ。
 指をからめて冷たい唇を落とせば、ほんのりと撫子の頬が色づいた。落ち着き過ぎた空気感があると評されることもある撫子だが、こんな時に見せる顔はどこか小さな子供のような無垢さだ。出会ったころから何年も。
 
「……手、冷たいのね」
 控えめな笑みも変わりないもので、苛立ちがかすかに溶けていく。
「ええまあ。寒さに凍えてましたから」
「…ふふ、そうよね」
 
 だがそれは円にだけ分け与えられるものではないと知っている。そう思うと弧をえがく唇は焼きつくようだ。動じさせてやりたい気持ちもあって、円はどこか扇情的に幼げな笑みを引き寄せた。唇で封じた。
「…っ」
 驚いたように揺れる唇をつよく食んで、この一瞬は確かに自分のものなのだと欲を充足させる。差し出した歯を、淡く立てる。やわらかい唇に軽くうずめるようにしてその輪郭を確かめながら、唇が笑みを失い、呼吸する合間を探してゆるむまで、何度となく触れ合わせる。己の口内の息を与えれば、撫子の肩が浮き上がる。
 
「…ふっ。――ちょ、っと」
 
 喫茶店を後にする客が唖然とこちらを見ているのを横目に流して、苛立ちを吐きだす場所を探すように円は腰を抱き、その唇を貪った。震えるように受け止めていた細い腕が、ぐいと円を突き放す。
 
「こんな――ところで…っ」
 
 頬を赤くしながらも、撫子の抵抗はいつもより遥かに弱い。見澄まして、小さく笑む。
 
「…しょうがないでしょ? 寒いんですから」
「――」
「大体本気で押してませんよね今。ああこれ女性が誘うときの常套手段ですね」
「違っ…!」
「まあそれはないにしても。いつもならここらで叩かれてますけど? ……貴女なりの思いやりってやつですか」
「…――手が冷たいから。雪、の」
 
 気まずげに目を逸らす。口元がかすかに濡れて光るさまは、暴力的なほど色めいて映る。
 
「降ってるなかで、遅れたのに、待っててくれたから」
 
 うれしかった、と続くのだろう言葉はそこで終わる。
 散々恩着せがましい口を叩いてはいるので口にはしないが、迎えに来るのは円が言い出したことで撫子がそれに対して気負う必要はないはずなのだ。それでもすまなそうに嬉しげにそのことを口にして、人目につく場所で触れあうのが苦手なくせに、撫子はこうしてぎこちなく受け入れようとする。
 
「……ちょっとは温まりましたよ」
「…そう?」
「ええ」
 ふ、と撫子は息をつく。
「――そう」
 
 ああもうこのひとは、と。
 眉を寄せるように笑んで、濡れた口元を親指で拭ってやる。すこし居心地悪そうにうつむきながら微笑む。その顔を見届ける。
 
「送っていきますよ。――それとも寄り道でもしていきます?」
 
 どうとでも取れる言葉とともに手をつなげば、撫子は何も問わず、委ねるように手を握り返した。そうされずとも、とうに円の指先は温もっている。
 鎌首をもたげていた根の深い苛立ちはなりをひそめ、ただ穏やかに手を引く。
 だが穏やかな思いも、また根を下ろすものだ。深くあたたかく、胸に沈むものだ。
 
 
 
 
 
 
 
 どこに寄り道するのと問えば、降りしきる雪のなかで円はかすかに微笑んでいた。
 
 どれだけ無茶な要求をしても理不尽な口をきいても、その裏側にはいつだって優しさと思いやりがあることを撫子は知っている。円はそれを教えることも怠らないひとだからだ。
 両手に抱えきれないほどの花を抱き締めるような幸福。喜び。愛する人に愛されれば、人はこんなにも幸せになることができるのだと彼が教えてくれたのだ。触れあえば、どんな温もりの内に身を置くことができるのかも。
 そしてそれを知っているからこそ、その瞬間の衝撃は撫子の胸を深々と穿った。
 
「――…っ!」
 
 感触はやわらかで温かかった。けれど冷たく凍りついて、全身に悪寒を放った。
 冬の風に晒されながら、撫子は制服の裾が煽られるのも構わないままで目前にある男の体を思いきり突き飛ばした。渾身の力だった。冷えた壁に、男は叩きつけられた。
 
「――いっ、つ」
 
 間抜けな音をたてて、アスファルトに潰れたダンボールが散らばった。倒れこんだ男はいわゆるバイト仲間だ。話し上手で親切で、好感を持っていた男だった。だが今はとてもそんなことは考えられなかった。
 
 何か、とても大切な美しいものを傷つけられたように思えた。
 湧きあがった怒りは必ずしも男だけに向かうものではなく、瞼を焼きそうになる。
 立ちすくむ腕を、伸べられた手がそっと掴む。やさしく。
 
「――ごめん」
 
 卑怯な言葉に思えた。撫子は唇を噛みしめると涙をこらえ、その手を思いきり振り払った。雪にもなれない冬の雨がふりはじめ、その凍えるような冷たさから逃れるように撫子は踵を返した。
 
 
 
 
 
Next
 

拍手[26回]

PR
ブログ内検索
*
忍者ブログ [PR]

Template by decoboko.jp