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Timeless Sleep

「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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有心会から逃げてきた傷だらけの撫子さんと情報屋さん。
央ルート(小学生時代の前提としての意味)ということでひとつ。
(2/3)書き忘れていました…、木津谷那奈さんからのリクで央くんで看病でした、楽しかったです!ありがとうございました!


 
 
 
 
 全てが夢のようだった。
 
 けれどどうしようもなく現実なのだと全身にまとわりつく激痛が絶えず撫子に教えている。そのくせその耐えがたい痛みを、他人事のように知覚していた。そんな自分を笑った。
 見下ろした先に映るのは、自分の足だ。赤い。血の赤というのはこんなにも黒々としているのだと、医者志望でありながらそんなことをはじめて知った自分をまた笑った。おかしいことなど何もなかった。胸になんの情動も感じられない。だから出来うる感情表現をしていたかっただけだ。
 
 瓦礫の合間に埋もれるようにくずおれながら、舞いあがる埃を頬に受けた。
 廻る視界に幻を見る。撫子をここまで連れて来た声を聞いている。
 
 
「撫子ちゃん!」
 
 教室の隅でぼんやりと空を見上げていた撫子に、小脇からいつも元気な声がかかる。
 
「――央?」
「どしたのー? なんか元気ないねー! ああっ、もしかして体調わるい? 先生に言ったほうがいいかな!?」
「えっ…ううん。それはいいんだけど」
「あ、そう? 病気とかじゃないっ?」
「うん」
「そっか、よかった」
「……うん」
 元気に先走る央を止めながら、撫子は溜息のように微笑んだ。落ち込んでいる時の自分はいつもよりも殊更話しかけにくい雰囲気を作り出してしまうけれども央はそんなこと、歯牙にもかけやしない。
「病気じゃないわ。…ちょっと、ね」
 
 ちょっと、元気がないの?
 言って、央はことりと首を傾けて、優しげな眉を悲しそうに下ろした。そのままできょろりと目を動かしてとても判りやすく何か思案した央は、はたと顔を上げるとニッコリ笑んだ。
 
「そうだ! これっ、あげる」
「え?――マドレーヌ?」
「それね、僕が作ったんだ。よかったら食べて?」
「…ありがとう。うれしいけど、どうして?」
 首を傾けた撫子に、央は人指し指をたてる。
「元気が無いときでもさ、おいしいもの食べたらちょっとは元気になるよ! 僕も元気がなくなっちゃいそうなときはおいしいもの食べて元気出すんだっ」
「えっと…央、そんなことあるの?」
「ええ? そりゃーあるよ! このまえお父さんに叱られた時とかね! あっ…でもお父さんは悪くないんだ、僕がちょっと花瓶割っちゃったんだけどね! 高かったんだよねあれ!」
 言ってからちょっと恥ずかしそうに頬を掻く央に吹きだして、撫子が笑う。
「ふふっ。そうなの」
 
 笑いを落とした撫子に応えたのは、それ以上に朗らかな弾けるような笑顔だった。
 うんうんそうなんだ、と。失敗談を笑ってしまった撫子に、気を悪くなどせずに嬉しそうに笑う。そのままその後何が起きたのかと面白おかしい話に花を咲かせてゆく。
 くるくる、いっぱい頭を回転させて。自分なりに撫子を笑顔にさせる方法を探して、思いつく限りを央はすべててらいなく差し出してくる。それが的外れなことも沢山あるけれど、それも含めて真っ直ぐな優しさなのだと、撫子はいつしか知っていた。
 
「――ありがとう。これ、すごくおいしい」
「ほんと!?」
 
 央は、その両手に一杯の幸いを携えているようなところのある男の子だった。
 彼の夢は、世界一の料理人だった。 
 あたたかい光を見せてくれる彼の手には、美しい未来がやがて運ばれてくると撫子は疑わなかった。けれどあの時間は今、歪んだ空のもとで音もなく凍りついている。
 
 
 
 
 夢の切れはしを追うように手を伸ばしたけれど、応えてくれるものはなかった。次の瞬間には何を追っていたのかさえ忘れている。見覚えのない部屋に瞬いて起き上がり、ほどなく、自分はまた捕らえられたのだろうかと視界が暗くなる思いを撫子は深々と味わった。
 現状を確かめなければとだるい体を叱咤してベッドから降りると、足から電流のような激痛がほとばしって息が詰まった。くずおれた体が、がたんと板敷きに打ちつけられる。
 
「……う……」
 
 起き上がる。上ずった息をつきながら拳をついて、噴き出る汗を拭う。
 数回の脱走未遂と、政府からの返答。――二つの要因から有心会における撫子の扱いはゆるゆると劣悪なものとなり、やがて優しさをかけてくれるものからも切り離され、撫子の脛にはひらいた傷口がある。逃げぬように、己の立場を思い知らせるように。それでも立ち上がろうとすると、不意に扉が開かれた。
 
「――ええっ」 
 緊迫感皆無の声に跳ねるように顔を向けると、すらりとした若い男が目をまるくしてこちらを見下ろしている。
「……ああ。気付いたんだね、良かったー」
「っ…!?」
 ぱっと笑った男に身を強張らせて、警戒心を隠さずにいる。汗まみれになりながらの娘の伺うような視線を受けて、男はややあって手に持っていたグラスを棚に置くと、軽く腰を屈めて撫子を覗きこんだ。
「大丈夫」
「……」
「倒れてるのを見付けたから運んだんだ。僕はしがない一般人だから、君に傷なんてつけられない」
 安心して、と。信じるほかないような声に撫子が警戒をときながら頷くと、男は笑った。
「じゃ、ちょっと失礼」
「え? ……きゃっ」
 
 冗談めかした声と共に、流れるような自然さでひょいと体を抱き上げられている。含むところの全く無い柔らかな温もりにくるまれて、抗うのも忘れて撫子はぱちりと目を瞬かせる。膝口を腕で抱え上げられた視界で、男を見すえると声が降る。ほんのりと落ち着く香りを混じらせながら。
 
「ちゃんと寝てなきゃ。傷にさわるよー?」
 ふわり、と降ろされたベッドで上掛けをかけられる。今更、足に丁寧な治療が施されていることに気付く。あの、と口を開く。
 
「…助けていただいて」
「ああ、いえいえ。僕は当然のことをしたまでですから」
 これ言ってみたかったんだよねと茶化して呟く彼に、撫子は膝に手を揃えて礼をとる。
「…ほんとに、ありがとうございました。わたし」
「ん?」
「夕方には、出ていきますから。一日だけ…御世話になっても…」
 時間帯を見てそう言った撫子に、男がきょとんとしたあと驚いたように目を丸くした。
「何言ってるの? そんな怪我でハイじゃあさようならなんて出来ないって!」
 
 枕元に椅子を置いて腰掛けながら覗きこんできた男に、撫子はその気遣いをわかりながらも首を振る。ややあって、男が苦笑で呟く。
 
「あー、そっかそっか。ごめんね、やっぱりうさんくさいよね」
「いいえ…っ」
 語尾を強めて、撫子は肩を浮き上がらせる。体に力をこめたことでまたじくりと体が痛む。
 
「私、逃げ出してきたんです」
 どこまで言っていいものだろうかと思いながら、眉を寄せるように口にする。唐突な言葉のはずだけれど男はさして驚いた様子も見せず、瞳で続きを促す。
「…有心会の、ところからです。必ず、私のことを捕まえにきます。だからここに居たら、ご迷惑がかかるかもしれないんです」
「…うん」
「見逃してもらえたりは…しません。もし見つかったら必ず、貴方も酷い目にあいます」
 嫌な想像に語尾が低まる。
「了解。大体わかったから」
 
 もういいよ、と差し出された手が撫子の肩に添えられる。薄汚れた服に皺が寄る。
 
「にしてもあれだね、有心会っていうところは僕が思ってた以上に野蛮だったみたいだね」
 
 溜息のように、余り似合わない冷たい声を口に乗せながら、その手はいたわるように優しい。薄ら暗い暮らしの中で、触れられることに怯えるようになった撫子の肌に、その掌はすんなりと馴染んであたたかなものを流れ込ませた。
 撫子に事情があることを男はあらかじめ察していたようだ。その手に識別コードが無いことにふと気付き、彼が撫子の話を難なく噛み砕いていくことへの合点がいく。息をつくように少しの間何事か考えていた男は、やがて首を傾けるように問い掛けた。
 
「ええと、ちょっと質問ね?」
「…はい」
「僕が勝手に連れてきたんだから、もちろん勝手に出ていっていいんだ。でもお姉さんみたいなかわいい人がそんな怪我してるのを僕はもう見ちゃったから、無事なのか、僕はもー心配で夜も眠れなくなるっていう気持ちは、わかってもらえるかな」
 ややあって神妙な顔つきでコクリ頷いた撫子に、眉を寄せるように笑んで央は問い掛ける。
「これからどこへ行くつもり?」
 
 これより先を口にすれば、随分込み入った話を始めてしまうのではないか。そう思って少しの間唇を惑わせながらも、ここにきて言葉を濁すのはかえって礼儀を欠いたことだろうとも思えて撫子は結果的に口を開いた。
 
「政府に…行ってみます」
「……政府?」
「それしかもう方法がないんです――取り返さなきゃいけないものがあるんです」
 キングに会ってみるという帰結を選ぶのならば、有心会に身を委ねているという方法もあった。けれどそれはいつのことかもわからず、先が見えず、磨耗して願う気持ちすら麻痺していく自分に、もうここには居られないとやがて悟ったのだ。
「…その【取り返さなきゃいけないもの】は、必ず政府にあるの?」
 突拍子もない撫子の言葉に戸惑いながらの男の問いに、頷く。
「…つまりそのために一人で有心会から逃げたんだね。それでその怪我」
 ただ呆れるというには情の滲む声で、男は小さくつぶやいた。
「無茶するね」
「…無茶は、いくらでも。それで逃げ出せたからそれでいいんです。頑張るしか、ないんだもの」
「……」
「だから平気です」
「…そう」
 
 張り詰めるような声を拾って、彼はもう何も問わない。
 
「ん、わかった。とりあえず、消毒だけしとかないとね」
 
 言いながら彼は棚から消毒箱を取り出すと、撫子から上掛けを取り上げた。目を瞠るようにした撫子を見下ろして、「足下ろしてねー」と跪く。
 いくらなんでもそんなことまでと叫びかけるが、早々に準備を整えた男にちょいちょいと招かれて抗えず、丹念に包帯の巻かれた脚を下ろす。詫びる言葉を軽く往なすように、慣れた指先が血塗れたそれを解いていく。ふんわりとした空気感を持つようでいて、知らぬうちにその内に他者を内包する力のある男に流されるように、不思議に器用な男を見ている。
 
「染みるよ」
「……」
「う…痛い?」
「大丈夫です」
 
 ベッドの縁に手を掛けながらの小さな呟きに、男の指先が束の間浮いたままになる。なにかを思うように不自然に空いた間に撫子が首を傾けると、男は答えるように見上げた。
 
「ブッブー、不正解」
「!?」
「間違いです」
「……えっ?」
「お姉さんはいま、痛いの。酷い怪我なの、この消毒液ものすごく染みるの」
「…えっと…」
「――あのね」
 
 矢継ぎ早に咎めるような口を叩かれて困惑した撫子に笑むと、男は赤黒い血液の染み付いた脱脂綿をピンセットで見せ付けるように、傍らに落とす。その手付きは静かで、それでいて何かに憤っている。
 
「お姉さんはかわいいし、かっこいいよ。僕よりかっこよくて妬けちゃいそうだし」
「…ありがとうございます?」
「でも頑張りすぎてる」
「――え」
「頑張って頑張って、もう頑張ることしかできなくなっちゃってる。…そう見えるんだよねーどうもさ」
 
 不意の言葉に、撫子は目を瞬かせる。
 男の声は呟くごとに茶化すようなものではなくなるけれど、通りのいい声は耳に届く。
 
「これが終わったら一緒にご飯食べようよ。これからのことは明日考えよ。ちょっと休憩させてあげないと、お姉さん楽しーことも楽しーって思えなくなっちゃうよ?」
 静かに。
「何も、感じなくなるんだよ」
 
 世界が壊れて。そういう風になっていった人、何人も僕は見てきたんだ。
 
 そうして静かに死んでしまったものを悼むように、男は聞き流せない言葉を落とした。確かにそれを見てきたのだと感じさせる。
 そうすることが正しいのだとずっと張り詰めてきた自分を思って、撫子の体が強張る。その揺らぎを察するように男は「ごめんね」と付け足した。けれど打ち消しはせず、真新しい包帯で撫子の傷口をやんわりと覆う。
 
「怖かったね」
 
 その手と押し付けるわけではない労わりが、痛むように胸に触れた。不意に涙が滲んだ。
「……」
 意図の介在しないところから染み出して滲んだものに、あわてて顔を伏せる。けれど一度うまれたものは消えずに頬をつたって落ちていく。自分は平気でもなんでもなかったのだと知る。…そう、自分はとても怖かったのだ。怖いということさえ気付けなくなってしまうほど。
 
「…お姉さん?」
「――ごめん、なさ。……わたし、会ったばかりのかたに、迷惑、ばっかり」
 小さい子のように語尾がぐずぐずになっていく撫子を男は見詰めると、差し出した手で髪を撫でる。
 
「僕はね、英央。またの名を正義のジャーナリスト。お姉さんの名前は?」
 
 目を見張る。
 けれどそれはあまりにも単純に胸に染みた。こんなにも壊れた世界でなんの導きなのだろうと、また涙が溢れ出した。いくすじも頬を伝い、唇は震えた。もう止まらなかった。
 頑張ってきたとそう彼は言ってくれたけれど、自分をそうさせたものは自分ではない。
 ――あんなにもきらきらしていて温かかった手に未来が訪れないなど、許せない。
 その怒りと渇望が、撫子をこんなところまで支え続けていたのだから。
 
「撫子。――九楼、撫子」
 
 そして【彼】が手を差し伸べてくれたのだ。
 
「撫子ちゃん。よーし、じゃあ僕たちこれで知り合――わ…!?」
 知らず、撫子は央に抱きついていた。
「え、ちょっと大胆…?」
「……。…ごめんなさい、こどもみたい」
「……」
「う、…。こども、みたい…」
 
 まあそうだねと、悲しいくらいやさしい声を、央が聞かせた。
 でもそっちのほうがいいよと髪を撫でて、子供のような声をそのまま好きにさせてくれる。
 確かに【彼】だと、撫子は泣いた。堪え続けた涙は小さな部屋をかすかに震わせながら積もり、知るものよりも静かなやさしさに包まれて温もっていく。生きて触れている現実なのだと知らしめる、たしかな鼓動が聞こえる。
 
 
 
【君が明日を願うから】

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