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Timeless Sleep

「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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政府ルート始めあたりの小話。
精神状態の悪めの撫子さんと、通常運転のウサギさん。明るめ。


 突き落とされるように、この箱に閉じ込められた。
 赤と青に腐り落ちた空が、心さえも浸食していくような日々だった。

「はーい、口開けてくださいねー。あー」
 わざわざ実演しながら器具を差し出してくるレインに、撫子は素直に口を開いた。金属質な冷たさがひやり、と舌先を滑り、軽く撫でるように離れていく。状態を伺い見たレインは微笑むと、電子ディスプレイに浮かび上がるカルテに何事か文字を走らせながら嬉しげに呟いた。

「うん、良好良好。問題ないですねー。調子はどうです?」
「最悪だわ」
 相変わらず軟禁状態で、CLOCKZERO外部には護衛無しには歩けない状態の撫子はあっさりと言う。
「…あー、そうじゃなくてですねー。体調のほうはってことですよー」
「…体調はいいわよ」

 笑んで尋ねるレインに撫子が心底不本意そうに答えると、レインはまた笑った。
 いつだって悪びれるということを知らない彼の表情は、元々の顔立ちが幼げなこともあいまって、声を出して笑うと無邪気とさえ言っていいほどの緩やかな空気を作り出す。
 だがその男は、撫子が今この壊れた世界に取り残されている原因の一つだ。それを知っている今、笑みなどかえって空恐ろしいものでしかなく、撫子は警戒心を隠さない瞳で上目に彼を見やった。

「おお、こえー顔だなオイ。美人が台無しだぞ」
「素っ気ないですねー。あんなに仲良しだったのに、もっとお話しましょうよ?」
「……」
 撫子は変わらぬ瞳をレインに投げかけながら、小さく息をつく。
「貴方、それ本気で言ってるの?」
「もちろんですよー?」
「……なら考えてみてよ。ウサギのAIと話してるつもりが人間の男の人が通信機で喋ってたなんて言われて、今まで通りに喋れる子がいたら私、会ってみたいわ」
「はは、やっぱり嫌ですかー。貴女のレインだってことに変わりはないんですけどねー?」
「変わるわよ。…最初からぜんぶ嘘だったんじゃない」

 相手を非難するために発した言葉が、思いのほか頼り無く揺れたことに撫子は拳を握った。
 レイン――そう呼んでいたウサギのAI。友達。最初は新しい玩 具への好奇心で声をかけるのみだったが、そのひねたウサギが思いのほか人間じみていたから、いつの間にか純粋な親愛の情を抱いていた。ここにいる「本体」 も、それは重々知っていただろう。そして騙されたことへの怒りと同時に、友人に裏切られた悲しみを『レイン』に対して抱いていることも、きっと見抜かれて いるのだろう。
 だがたとえ隠しようがないことだとしても、見抜かれるのが悔しい。この白衣の男が通信機を持って喋っている図を思い描ける、今となっては。

「まあ、貴女がそう解釈するのも無理ないですけどねー」

 生活が急変し、己の容姿さえも変質し――壊れた世界に留められている。
 昼も夜もない世界で時が刻まれるにつれ、不安で不安で、気が触れそうで、当たり前に信じていたものさえ信じられなくなりそうだ。
 それを知ってか知らずか、レインは怒りを悲しみを交互に浮かべる撫子に小さく笑んだ。

「実際、間違いではないですし。思うところがあるなら非難は甘んじて受けますよー、謝りはしませんけど」
「お前なあ…」

 明け透けに言うレインにカエルが呆れ声を出すが、謝罪を望んでいるわけではない。
 だからそれでいい。
 撫子はかるく唇を噛んで、目を伏せた。

「――撫子くん」

 一秒ごとに別の考えが飛び交っていく心では、自分の気持ちさえうまく取れない。自分を情けなく思ってうつむく撫子を、差し伸べられた手――もといカエルの口がかぷりと食んだ。
「っ?」
硬めのぬいぐるみの口が頬にかかる。そのからかうような手付きに、撫子は顔を上げる。
 生来勝気な少女の瞳を、白衣の青年が見下ろしている。口元には食えない笑みが浮かんでいるが、その眼差しには一概に揶揄とはいえない光があった。

「ボクも仕事なんで、やったことは謝りませんけど。今の状況も、まあ諦めてくださいとしか言えませんけど」
「……」
「でもそんな小さい子みたいに泣いてるのを見るのは嫌だなーってくらいには、貴女に情がわいてるってのも本当なわけですよ。いつか言ったでしょ?」
「おい、何勝手なことしてやがるんだおまえっ、むぐっ」
「またまたー、若い娘のほっぺたですよー、うれしいくせに」
「いっやらしい言い方してんじゃねー!」
 かぷかぷと頬を噛んでくるカエルが何か騒いでいる。
「……くすぐったいわよ。ちいさい子って何よ、それに泣いてなんかないわ!」
 色々とむっとして、撫子は首を振って払おうとする。小さい子だの子供だの言われるのは嫌いだし、そもそも目尻を濡らすものなどない。
ひそめられた眉にレインは小さく笑うと、口元の笑みを深めた。

「いやいやー。こう言っちゃなんですけど無理してるの見え見えですし。鏡見ます?」
「いらないわよ!」
 事実握り締めている拳をからかわれて苛立ちがわきあがる。
「そもそもこの状況で会話が成立すること自体、驚嘆に値しますよー? 別に変な意地張らなくたっていいじゃないですか」
「意地でもなんでも、私をこんな所に連れてきた人の前で泣いたりなんかしない!」
「ああ、そうですかー。ひとりになってさめざめと泣きたいと」
「…もうっ、泣かないったら!」

 馬鹿にした口の利き方に苛立って、撫子は語尾を強めた。カエルを払いのけて、まなじりを吊り上げる。

「…怒らせたいの? それならもうとっくに怒ってるから安心して!」

 挑みかかるように発した皮肉に、けれどレインはくすりと笑った。含みのない、かすかな笑みだった。

「おやおや、そうでしたかー。 怖い怖い」

 軽い謝罪がふってくるけれど、それよりも珍しい微笑に視線が吸い寄せられる。けれどそれも一瞬のことで、レインに注ぐ視線は不意に突き出されたウサギのアップで遮られた。
 ぱちりと目を瞬かせた撫子は、それが見覚えのある容貌をしていることに気づく。

「お詫びに、貴女のキーホルダーをお返ししますので、これで許してもらえません?」
「……ちょっと待ってよ」
 なんとなく意気がさがって、撫子はかつてのレインを見つめる。
「これ、確かカメラとか入ってたはずよね」
「あーいや、ご安心ください。抜いてありますよ。ていうか今の貴女の部屋のカメラ映像なんか見たら、ボク完全なる覗き魔じゃないですかー」
「これまでは違ったって言うつもりなのかしら」
「はは、痛いとこつかれたなおまえ!」

 つぶやきながらも、撫子はウサギのキーホルダーになんともいえない思慕を抱かされていた。これは確かに、目前の男が撫子を拉致する下準備のために用いたものだったのかもしれないけれど――自分が大切にしていたキーホルダーであったことには変わりはないのだ。
 心だけをこの世界に連れられてきた撫子に、もとの世界の香りがするものなど何ひとつない。そんな中で差し出さ れたかつての宝物は、隠されてた意図だけで払いのけられるほど軽いものではなかった。住んでいた家、持っていたバッグ、通っていた学校の匂いが、染み付い ているのだから。

「……ちょっと、壊れちゃったのね」
 けれどそれが、確かに自分のものだったことを教えてくれる。
「ええ、暴漢の被害に遭いましたからね」
「だれが暴漢なんだか…」
「はは」
「……返してもらう。でも、確かこれあっちの世界に置き去りだったはずじゃない?」
「いえー?」
「…そう?」

 言いながらウサギを受け取ると、撫子は両手の上に座らせて頬を寄せた。

「――帰りたい…」

 レインに、聞かせるというのでもなく。
 こぼれおちた切望に、答えが返ってくる。

「それはキングに言ってくださいねー。貴女がいない世界なんていらない彼に承服してもらってください」
「……知ってるわよ、そんなの」
「それならチャレンジしてみてください。それじゃ、ボクはこれでー」

 ひょいと踵を返したレインの背を、撫子は横目で見送る。じゃあなーと手を振るカエルがこちらを振り向いたけれど、レインはそのまま閉じるドアに消えた。
 手の中のウサギの愛らしい顔を見ながら、撫子はぽつりと呟く。

「……慰めようと、してくれてたのかしら」

 それならば随分と遠まわしなことだと思わなくもないけれど――それに近いものに、肌で触れたように思える。

「それにしても」
ウサギに小さく笑んで、語りかける。
「やっぱり喋ってるほうが、かわいかったわね」
 少しばかり、失った友人を惜しんで――声とともにやさしく頭を撫でる。
 と、声が返される。
『そうですかー? お褒めの預かり光栄ですー。そう仰って頂けるならじゃんじゃん喋っちゃいますよー?』
「……っ!?」
 不意打ちに絶句して、撫子はたった今抱きしめたはずのウサギを放り投げた。
『痛っ!?』
「痛くないわよ! …って違う、さっき言ったこと嘘だったのね!?」
『嘘はついてませんよー、カメラを抜いたって言ったんですよー』
「なんなのよその屁理屈!」

 責める言葉も失せて撫子は大きく息を吐いた。

『はは、やっぱり嫌でしたかー。まあちょっとした冗談ですよー、通信機はウサギの耳に入ってますから、硬い所を探して強く押せば本当に、かわいいウサギになりますよー』
「……」
『じゃあ、今度こそボクはこれで』

 そう言って会話を切り上げようとするレインの声を聞きながら、撫子はウサギの耳を指で挟み、軽く力を込めてみる。確かに、耳の付け根の部分に違和感がある――爪先で力を込めようとして、撫子は手を引いた。
 これを壊せばただのウサギになり、通信機としての役割は果たさなくなる。
 レインとの繋がりを自ら絶つことは、これからのことを考えると損失ではないだろうか。情報源としての価値を、考えても。どこか少しだけ言い訳じみた思考だと自覚しながらも、撫子はウサギを抱えなおして、息をついた。

「……ねえ。別に、いいわ」
『? はい?』
「別にこのままでもいいわ。…することもないし、暇だし」
 ウサギの表情は伺えない。だから彼の表情も見えない。
『ははーなるほど、暇つぶしにはちょうどいいってことですかー』
「そういうことよ。いろいろと聞きたいこともあるしね」
『ふうん、情報収集ですか。…いいですよー、とりあえずこれから仕事ですけど。ボク人気者なんで』
「そう」
『ところで』
「…何?」
『貴女、アイス好きですかー?』
「は? ……好きよ、だって甘いもの大好きだもの」
『ええ、知ってましたけどねー。甘いもの食べると幸せになれるんですよね? ちょっとあげますよ、1ガロンありますから』
「1ガロン…」
『ちょっと持て余してるんですよー。どうせ暇なら手伝って頂けませんー?』
「暇なのは貴方たちのせいなんだけどね……」
 悪びれるという文字が辞書にないらしいレインにため息をついて、その端で、撫子は小さく笑った。
「ちょっとなら、食べる」

 ふと少しばかり声が、レインというウサギを信頼しきっていた頃に戻る。

『そうですか』

 それにつられたのか、それとも別の理由か。
 目前のウサギの発する声も、いつか相談に乗ってくれたときのようなどこか優しげな響きを宿した。

『それなら後で寄りますからー。――あんまり悪さはしないで、いい子で待っててくださいね』

 いつか聞いた言葉が耳に返る。それが蘇ったのは、目前のウサギの発した声がいつかの声音と重なったからだ。
 ――自分のせいだとは思わないでください
 すべて嘘だったと、責めたけれど。
 本当は、最初から知っている。このウサギと重ねた会話や記憶に、たとえ知らずにいた作為や嘘が含まれていたとしても、その全てが嘘だった訳ではないのだと。彼が不必要な、言うべきではないことを口にしたからだ。

「悪さはするけど、待っててあげる」

 それを真実と信じることなど、きっとレインは一笑に付するだろうけれど。
 撫子が微笑で返すと、ひねた顔立ちをしているように見えるウサギは、キングに言いつけますよと苦笑いする。
「助かりますよー」

 通信は切れて兎は黙したけれど、指先は体温のようにほのあたたかった。


【兎の言葉は嘘ばかり】
政府ルート始めのほう、お世話係なんだし実際ちょっとはわかりにくい気遣いもしてあげたんじゃないかなーと。希望的観測ですか。

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