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Timeless Sleep

「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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あけましておめでとうございます!!!
未来残留ED後。劇的ビフォーアフターネタ。 明るめ、ちょっとやばめ(円のせい)






曇った窓ガラスを、飴色に色づいた雨が絶え間なく流れおちていく。
この世界を訪れてから、そう何度と目にしていない雨だ。およそ空のものとは思えない色を孕んだ空から落ちてくる雨なのだから、一体どんなものなのだろうと恐れもしていたが、実際目にしてみると目を背けるものでもない。不思議な色合いは、泥水というよりもむしろ。

「…アップルジュースみたい…」
ちいさく呟いた撫子に、背後から屈託なく笑う声が聞こえた。
「なるほどー、言いえて妙だね」
「…貴女バカですか? なんですかそのファンシーな発想は」
「……」

ここは現状の拠点として用いている家だ。協力者が増えたことで生活環境もいささか向上し、それなりに住み心地良くしつらえられている部屋に、ぽたぽたと水滴を垂らしながら足を踏み入れる影がふたつある。
独り言のはずだったのに、と頬を染めながら撫子は出迎える。ひどい発言のほうが恋人のものだ。

「――うるさいわね、別にいいでしょ、正直な感想なんだから」
「別に悪くはないですけど。それよりタオルくださいよタオル。ああもうびしょ濡れですよ、このままじゃ間違いなく風邪ひきますよ」
「いやー参ったね。撫子ちゃん、僕もお願いしていいかな」
「ええ、ちょっと待ってね」

(央にだけ渡してあげようかしら…)
真顔で思いながらも古ぼけた箪笥を開けてタオルを取り出すと、それぞれに手渡す。円の言うとおり、不意の雨に降られて兄弟二人は見事な濡れねずみだ。

「…あ、大変。早く脱いで。乾かさなきゃ」
モコモコもとい円の上着が、水を吸って悲惨な様になっているのを見かねて脱がしてやりながら、撫子はふと円をまじまじと見た。そうしてその在りように、口をつぐむ。
「……水も滴るいい男って言うけど。おまえは確かにいい男なんだけど」
同じことを思ったらしく、鶯色の髪をわしゃわしゃ拭きながら央が苦笑う。
「なんというか……うん、円を水で濡らしちゃうと、いかがわしくなっちゃうんだな!」
「何ですかいきなり。失礼な」
「……ま、まあいいじゃない。よく見たらいつもの円だわ」

央の言う通り、常日ごろから夜の自由業というか、夜の蝶というか、とにもかくにも歌舞伎町な空気を垂れ流しにしている円が衣服も髪もずぶぬれになっている様は、筋肉質な体型もあるのか何やらいけないものでも見ているような気分にさせられる代物だった。
とはいえ自分の口で指摘はできず、とりあえず央の言葉に頷くしかない。

「はあ…? よく見なくてもそーですよ。たかだか濡れてるだけで何言ってんですか、二人とも」
手の甲で目尻を伝う水滴をこすりながら、円が言う。
「まあそうなんだけどね」
はは、とまた笑うと、央は顔を上げる。
「とりあえずシャワー浴びないと。円、先に入る?」
「僕は後でいいですよ。央より丈夫に出来てますから」
「うっわかわいくないなー。じゃあお先に失礼」

憎たらしい言いようで譲る円に央は笑って、風呂場へと廊下を歩いていく。
やれやれと首を揉みながらソファに腰掛ける円に、ストーブを寄せて灯をいれてやる。申し訳程度の電球がついているだけの室内に煌々と光り、円の端正な容貌に陰影を刻んだ。

「大丈夫? 寒くない?」
タンクトップも脱ぎ捨てた円は、ひとしきり髪を拭いたあとタオルを体に掛けた。
「このくらい慣れてます。平気ですよ」
「…そう。なら、いいんだけど」
円の上着を壁際に掛けながら、撫子は目のやり場に困って天井を見上げる。
「……というか何そんなところに突っ立ってるんですか、貴女」
「え?」
「隣、座ったらいいでしょ」
「え。ええ――そうね」

そうするわ、と頷いて撫子は円の隣に腰を下ろした。
じりじりと熱を放つストーブを眺めながら、撫子は横目にちらと円を見やる。
かち合った視線の先で、円は口の端を上げて笑んだ。すがめられた瞳はどこかからかうようで、撫子はむ、と唇を引き結んでまっすぐに顔を向ける。

「何よ、その顔」
「いえー? 別に」
「別にって顔じゃないわよ」
「生意気な貴女が借りてきた猫みたいにどうしたのかなーと思いまして」
狐を思わせる切れあがった瞳が、見澄ますように細められる。
「…気のせいよ」
「へえ? そうですか」
「…っ」
――ああもう本当に、本当に、あんなに可愛かった円が、と。撫子は頭を抱えたくなる。
そんな円に動揺させられているのは自分なのだから、ほとんど八つ当たりの思考ではある。それにしたって、どんな過程を辿ればこんな雰囲気を持つ大人が出来上がるのだろうか。
剥き出しの肌は見慣れたものではなく迷わせた視線は、ふと彼の腕に吸い寄せられた。

「…円」
「はい?」

濡れた肌で光を弾き、黒く浮かび上がるように見える彼の腕の刺青。
照明のためかいつもより美しく見える雷に似た模様に、撫子はかねてからの問いを投げる。

「前からちょっと気になってたんだけど……それって、どうしたの? それってお洒落?」
「お洒落?って…」

言葉のチョイスに微妙な反応をしながら、円は自身の腕をのぞいてくつりと笑う。
そして、剥き出しの二の腕を撫子に差し出しながら片眉を上げた。

「貴女としてはどうです。こーいうの、お好みですか?」
「え? そうね…」
聞き返されて、撫子は少し困って唇を引き結ぶ。
「好きか嫌いって言われると、私は好きじゃないの。頂いた体に手を入れたらお父様とお母様が悲しみそうだから」
なんだか古風な言いようだと思いながらも思うことをありのまま言うと、円は微かに笑んだ。
「らしいですね。お父様がすぐさま出てくるあたり、さすがお子様です」
「どうせお子様よ…。誤解しないでほしいんだけど、別に円に文句を言ってるんじゃないのよ」
「わかってますよ。大体やめようにもそうそう落ちませんしね、コレ」

言いながら円は腕を返して見下ろすと、刻印のように刻まれた文様を眺めた。
別に落とす気も無いですけど、と言い添える円に、撫子はふと違和感を覚える。

「まー別に似合わなくもないからいいでしょ」

気付くのは、問い掛けた言葉が的外れだということだ。
自分のファッションの為ではないにしろ、自ら進んで入れたはずの文様を見下ろす瞳は、冷えたものでこそないが欠片の愛着も感じられない。何処か小馬鹿にしたような、低俗な娯楽に鼻白みながらも楽しむような瞳だ。

「どうしたの、と言われるとどーもしないんですけどね」

問うような瞳に気付いたのか、円は足を組みながら背凭れに体重をかける。きしり、とゆるく響くスプリングの音は、弾ける水音よりも高く空気を揺らす。

「どーもしなかったけど、なんとなくやってみたくなったってこと?」
「まあそんなとこですかね」

過去を思うように、彼の目がすがめられる。
そもそも円が自らに文様を刻んだのがいつ頃なのか判らないが、この世界が荒廃してからなのはまず間違いない。平和な世界と家庭に身を置いていた時分に、そんな世間体の悪いことを彼がするはずもないのだ。

「救いようの無いくらいくっだらないことをやってみたくなったんですよね」
溜息まじりに落とされた言葉の嫌な類の鋭さに、撫子は眉をひそめる。
「くだらないことって…どうして?」
「救いようが無いくらいくだらない幹部だったんでね。ま、釣り合いをとる為といいますか」

…釣り合いとは、くだらない自分には似合いだと。そういうこと、なのか。
かつて歩みを始めたばかりの頃のCLOCKZEROに居た円を撫子は知りはしないが、脆い安定を得ていた去り際の頃よりも余程、『救いようが無いくらいくだらない』仕事が山積みだったのかもしれない。
そして、愚にもつかないくだらないものに縛られ、成すべきことをする自由も無かったのだろう。その端で、彼はそんな思いを巡らせる日があったのだろうか。

「……それでまあ自分の手でやってみたんですけど。意外と面白かったですよ。……ただその後キングとレインさんに揃って「カッコイイ」って言われて。あれは心底イラつきました」
「それは…多分本気で言ってるわよ」
「でしょうね。それが死ぬほどイラつきました。吊るそうかと一瞬本気で思いました」
「それは同意するわ」
想像してみて、撫子は素直に頷く。その苛立ちを自分でも抑えられる自信がない。
「でも――なんだか嫌だわ、それ」

言いながら撫子は見返すと、円の肌にそっと指先で触れる。
少し驚いたような反応があり、円の瞳が瞬く。
張り出した筋肉の感触がリアルに指先に馴染む。見える色は明らかに違うのに肌の感触は全て変わりない。けれど意思をもって刺青の軌跡を辿っていく。

「だって、円がくだらなかったことなんて一度も無かったと思うもの」

いたわるように滑っていく華奢な指先を、髪を湿らせたままの円が前髪の合間から見下ろす。

「円は、央を見付ける為に居場所を見つけて頑張ってたんだもの。くだらないことや酷いことをしたこともあるのかもしれないけど、円のことがくだらないなんて思わない」
「……」

分刻みで行動を制約される日々では、央との再会は恐らくもっと遠ざかったことだろう。今こうして央と暮らせているのは偶然もあってのことだが、それも央と円が互いにそれなりの自由のある身の上でなければ起こり得なかったことなのだ。
そんならしくない自虐的な思いが彼の過去に刻まれていることが、ひどく嫌だった。その全てを、馬鹿みたいに愛おしいと思う今だから。

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