Timeless Sleep
「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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政府ルート途中。
撫子視点で、レイチェルの誕生日の日。撫子→レイン風味。シリアス。
撫子視点で、レイチェルの誕生日の日。撫子→レイン風味。シリアス。
――主治医ということもあるのか。
壊れた世界で彼は、探さずともいつの間にか視界にいることの多い人物だった。愉しげなようでいて底の見えない笑みは、いつしか兎以上に見慣れたものになる。ふざけるような口の利き方にはとうに慣れ、彼の圧倒的な欠落を悟りながらも何故か、心地良ささえ覚えるようになっていく。
「レイン」
ふと呼び掛けた声に、返る言葉はない。兎はうなだれるように黙り込んだままで、撫子は小首を傾げるとそろりとベッドに戻してやった。
*
「ちょっと。貴女、レインさん見ませんでした?」
今日も今日とて暖かそうな出で立ちの円が、撫子の部屋を訪れたのは先程のことだ。いつ見ても嘆きたくなるほど面影のない『自分にとっての』かつての級友は、いつもよりすこし親しみやすい仕草でゆるりと首を傾けた。
「見ないわよ。どうして?」
「ミニッツのメンバーが探してましてね。軽い打ち合わせがあったんですよ」
「自分の部屋じゃないの?」
「それは最初に行きましたよ。まー今日は大した確認事項も無かったんで後で伝えればいいんですけど……変ですね」
顎に指先を当てて思案する円に、撫子はキングに与えられた菓子を手元で持て余しながら言う。
「少し待ってたらひょっこり出てくるんじゃないかしら」
「わかりますけど、あの人あれでやる事はキッチリやる人なんですよ」
「…そうなんだ」
「意外って顔してますね」
失礼極まりない反応をする撫子に円は言うが、撫子は思いなおしてふるふると首を振る。上っ面だけのイメージだけで考えるなら、気の赴くままに行動する想像もできる。
けれどそもそも彼が己の職務に意外なほど忠実であることは我が身でもって知っている。それに『天才』揃いのミニッツたちに、少年のような容貌のレインは統率者として敬意をもって扱われている。その理由を彼の頭脳だけですべてにするにはすこし無理があるだろう。
「フラフラ居なくなっちゃうことがあるのも本当なんですがね。通信機も切れてるし…ちょっと珍しいんで」
「…なんだか心配ね」
「まー腕っ節が弱くても自衛手段なら死ぬほど持ってる人ですし、とりあえず連絡待ちますよ」
じゃお邪魔しました、と相変わらず慇懃無礼な敬語で去っていく円を見送りながらも、撫子は落ち着かない。
(…どうしたのかしら)
珍しいと言われれば気にかかるのは道理だ。頼んでもいないのにちょっかいを出しに来ることもままあるレインのことだから尚のこと――と、いつか疑心暗鬼になっていた頃にレインが返してくれたキーホルダーを手に取った。
*
何だかんだ言って強くは出ない鷹斗から、大義名分を持った撫子が外出許可を頂くことはそう難しいことではない。
一言も話さないアワーを伴いながら、撫子はゆっくりと灰と砂の舞う街を歩いていた。
一応、情報収集も兼ねての外出のつもりではあったが、外に出てしまえば内部のどこにも居なかったレインを探すことにしか注意は向かない。気鬱に、政府の人間以上に自分自身が彼を探していると知る。
(だって)
声を、聞き慣れてしまっているから。
目立つ人間を探すことはさほど難しいことではなかった。会話が成立する街の人間やアワーの言葉で足跡は容易に辿ることができる。だが辿りついた場所はいささか予想外で、撫子は静かな威圧をもたらす時計塔を黙って見上げた。今にも砕けそうな時計の針は、疲弊した世界の象徴のように鈍い光に揺れている。
グラウンド・ゼロ――寂しい広場の時計塔に、けれど人影はある。小型の機械をたずさえて、廃墟に背をもたせている。
「――レイン」
白衣と髪の色だけで簡単に判別できて、撫子はぱたぱたと早足になりながら呼んだ。
「ねえ、みんな探してるわよ、こんなところに居ないではやく戻らなきゃ――…」
ふと、言葉を止める。こちらから顔を背けるようにして時計塔に頬を添わせているレインは、全く反応を示していない。
「…!?」
慌てかけて、眠っているだけだとほっと息をつくが、考えてみれば尋常ではない無防備さだ。
らしくないような気もしながら、息をついてレインの手元に座り込む。
服装のせいだろうか、それとも少年のような何処か性別を感じさせない面差しからだろうか。人を食ったような笑みを浮かべずにただ目を伏せれば、彼は父親に与えられた大きな人形のようだった。
不安を誘うほどの気配の乏しさに、撫子は我知らず、肩に手を掛けて揺すぶっていた。
「起きて。…起きてよ」
ぐらぐらと明るい頭髪が揺れて、紅の瞳がかすかに覗く。眠たげな一瞥が撫子に向けられたかと思うと、ふと指先が差し伸べられた。
あやすように髪束をくぐった長い指に、くしゃくしゃと頭を撫でられる。
「……。…――Rachael?」
まどろみの中をまだ漂っているかのような声で、彼はふと知らない名を呼んだ。
聞いた事もない、優しく穏やかな声だった。
「…違うわよ?」
そのことに何故だか少し傷つきながら、レインの手首を取って、彼の膝に降ろす。その流れに彼は目を覚まし、ややあっていつもの瞳で撫子を見やった。
「――あー、すみません。寝ちゃってましたー。…って。え、あれ?」ぱちり、とレインが瞬く。「君なんでこんなところにいるんですかー?」
「レインがいないからでしょ。みんな心配して、探してるんだから」
「……うっわー、やっちゃいましたねー。円君からのお説教タイムが始まっちゃいますねー」
レインはまだ寝惚けているのか髪を掻き上げる。通信機を取り出して、彼は誰がしかに連絡をつけると十回ほど謝って、疲れ顔で通信を切った。
「ボクのこと探してくれたんですねー、ありがとうございますー」
「ううん、私は別に構わないんだけど…久し振りに外に出られたもの」
「よく出してくれましたねー。しかもボクを探す為って、後でボク有心会を超える危機に直面しません?」
「…鷹斗にそんなことしないように言っておくわ」
言いながら、彼が携えていた機械が膝元からアスファルトに転げ落ちそうになっているのを見て撫子は受け止めた。それは大振りの無線のような形状をしていたが、造りは全く異なるのか見るよりも遥かに軽かった。
「ねえ…貴方アワーの人も連れてないの? こんなところにひとりでぶらぶらしてちゃ危ないじゃない。何してたの?」
「あー……」
問い掛けに、レインはすぐには答えずに髪を掻きながら細い息を吐きだした。溜息というには戯れのように細く細く息をついて、レインは受け取った機械で宙に数式を映し出す。
瓦礫に近未来的な蒼の画面が映し出される光景は、どこかそぐわず、美しい。
「宿題を解いてたんです」
「…宿題?」
「そう、宿題。ボクには解けないことは、もう知ってるんですけど」
煙に巻くような彼の口のきき方は珍しいものではない。口の端のちいさな笑みも。
けれど乱れた前髪の合間から覗く彼の紅の瞳は、常とは比べ物にならない色を孕んでいる。暗い、というよりは無だ。含む感情が何ひとつ無く、ただ身体に取りつけられた安いレンズとしての役割を果たすだけのもの。
ふと胸が波立つような思いを覚えながらも、問い掛ける台詞も浮かばない。
【そんな宿題誰が出したの】なんてきっと間抜けな質問なのだろう。
「ま、ボクも繊細な人間なのでー、一人になりたいこともあるってことですよー」
しゃあしゃあとレインは言うけれど、どうにも気遣わしくて言い添える。
「わかるけど。でもやっぱり、こんなところにひとりじゃ危ない」
「優しいですねー、ボクのこと心配してくれるんですかー?」
「そんなのするわよ。何かあったら大変だわ」
唇を突き出して答えた撫子に、レインは懐に手を差し入れると小振りの筒を取り出した。端にスイッチのようなものが取りつけられているが用途の判らないそれを、撫子が問うように見ると、レインはくるくる指先で回して笑った。
「そこはご安心くださいー、ボク色々危ないモノ持っちゃってますんでー」
「不穏な気配がしすぎるんだけど、まさか爆弾とかじゃないわよね」
撫子はすす、と体を引く。反応にレインは面白そうににっと笑うと、目を細める。
「怖いですか? キングのかわいいお姫様を傷つけるわけないじゃないですかー、ボクだって我が身は可愛いですよ」
「お姫様なんかじゃないわ」
「ふふ。さてさて、ボクもキングに嫉妬されちゃう前に、君を連れて帰らないとですねー」
「…レインは?」
乱れた服を整えるレインに、ふと彼の言った台詞が胸にかかって撫子は問い掛ける。問うように見返す瞳に、撫子は小さく首を傾けた。
「レイチェルさんって、貴方の恋人か何かかしらって、思ったから」
「――」
聞くべきではないのではと何処かで思いもしながら、つい問い掛けてしまった言葉は、思いのほか効果を発揮した。沈黙が落ちた。
常に笑みを含んでいる口元は落ち、彼はただ先程から変わらぬ瞳で撫子を見つめる。
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