Timeless Sleep
「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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帰還ED後。撫子17歳、円16歳。
大人になりかけって色々いいよね!という話。ほのぼの甘め。
大人になりかけって色々いいよね!という話。ほのぼの甘め。
秋めいた空を撫でる清冽な風が、ふわりと撫子の髪を吹きあげていく。風に煽られてすら一筋のほつれもなく、豊満な黒髪は散り広がって水のように肩口に流れおちる。こめかみから掬い取ったそれを、小振りの耳に掛ける指は細い。
その様を、釘付けられるように見届けるいくつもの視線に気づかないまま、撫子は人波に視線を向けてすうと深呼吸する。課題という名目で、個性豊かな六人のメンバーと過ごしてから何度かの桜の季節を迎えて、撫子は高校二年生になっていた。
「九楼さーん」
不意に呼ばれて、顔を上げた。
今日は学校を挙げての文化祭の初日である。他学の生徒も行きかう校庭には、手作りの温かみに溢れる看板や花があちこちに飾られており、合間に飛び交う声は明るく、校舎全体にやわらかい色がついたようだ。
「え? …ああ、こんにちは」
見覚えのある、隣のクラスの少年たちがこちらに歩み寄ってくる。
「何してるの?」
「呼び込みなの。これ良かったら、どうぞ」
首にぶらさげた看板を手に、ジュース一杯無料券を差し出した撫子に、少年が笑う。
「おーヤッタ。ありがとー」
「喫茶店?」
「ええ、いろんな音楽を流してるの」
「あ、じゃあ俺ら後で寄るよ」
「本当? ありがとう」
呼び込みなのにあまり呼びこめていない自分に嫌気がさしていた撫子が笑みを浮かべると、言った少年がさっと頬を染めて視線を泳がせる。他の者がもっとなんか言えよ、と言いたげに小突いたり蹴りつけたりするが、後方支援は効果なく曖昧に手を振って去っていく。
「――撫子さん」
ことりと首を傾けていた撫子は、背後から掛かった声にはたと笑みを向けた。
「円?」
――振り向いた先の姿は、ここのものとは違う制服を着ている。
円は結局外部受験をすることはなく、撫子と円はそれぞれに日々を過ごしている。ほんのすこしだけ、円との高校生活を期待する気持ちもあったけれど、円が両親との相談のうえで、選んだことに何も言うことなどなく、ただ央と円が同じ高校で日々を過ごせることを撫子は喜んだ。半年前のことだ。
仕立の良いブレザーの制服は、高校に入ってから随分身長が伸びた円の適度に鍛えられた体を誇示するようだ。顔つきも少年に別れを告げるように変化しはじめ、特徴的な美しい光彩の瞳は、今は切れ長な造りで撫子を見返している。
みるみるうちに大人の男の人になっていくような円を見るたび、いつも落ち着かない気持ちにさせられる。どきどきして、彼の『恋人』としての自分がくすぐったくなる。
「こんにちは。来てくれたのね」
「――ええ、まあ。央がどうしても来たいと言うものですから、弟たるもの兄の行くところへ同行するのは当然ですから」
満面の笑みを浮かべて言った撫子に、円はややあって相変わらずなことを言う。
「ああ、そう…。その央は?」
「央は巨大綿菓子を作ってもらうという偉業に向かって奔走しています」
「楽しんでくれて何よりだわ…」
「その服は?」
「え? ああ」
指し示した指先に、撫子は首元に巻かれたリボンを軽く示す。
「接客係の子は、みんなこんな服着させられてるの。…似合う?」
「……」
すいと距離を詰めると、円はじっと見詰めた。いい加減見慣れればいいものを、円の虹彩を間近に見れば落ち着かなくなる。
服装確認するにはやや長すぎる沈黙のあと、撫子を見返して言う。
「まあ、似合っていないことはないかと思います」
「……ふふ、ほんと? そう言ってもらってうれしい」
仏頂面で少しためらいがちに言われた円の言葉は最上級のものだと知っていて、撫子は微笑む。けれどその無防備な笑顔に円は少し面白くなさそうに細い眉をひそめる。
「似合っていないことはないですが、公衆の面前でそのような格好をするのはぼくはどうかと思います」
「…ん?」
「――まあ、べつにいいです」
ふいと顔を背けると、円は撫子の案内も乞わずに学内へとすたすたと歩き始めた。唐突な円の挙動に焦りながらも、交代の時間が近付いていることを確認して追い掛けていく。文化祭特有の熱に浮かされたような喧騒を早足に潜り抜けていく円は、その体躯のためもあってか行きかう学生たちの中でも一際目立つ後ろ姿だ。
正直なところ、街中を歩いていても感じられる視線を円ひとりで受けてほしくはない。横並びになって、円に視線をやる。どこか拗ねたように唇を結びながらの円は、そのくせ撫子が寄り添えば身長差によって生まれた速度の違いを知っていてか、少しばかり歩みを遅めてくれる。いつだって素っ気無いけれど、その端々からどうしようもなく滲む優しさは淡く足元に積もるようで、その度に何度堪らない気持ちにさせられたか数え上げればきりがない。彼のそばでなら日毎、真新しい幸福を見つけることができるのだから。
「――それで?」
「え?」
「貴女のクラスの店は、どこなんですか? ぼくはここの造りはよく知らないんですから早く教えてくださいよ」
階段前でいきなり立ち止まった円の不遜な問いかけに撫子は笑った。
「どうぞこちらへ」
店員然として、掌を二階へ挙げた。
「この水っぽい飲み物は本当に紅茶なんですか」
文化祭というものの本質を無視した衝撃発言に、クラス中の空気が凍りつく。円の育ちを考えれば当然のことかもしれないが、飲み物担当の中村くんがこの世の終わりのような顔色をしているのに撫子は息を呑んでまなじりを吊り上げた。
「ちょっ…。紅茶に決まってるわよ、失礼でしょう? 一生懸命淹れてくれてるのに!」
「そんなこと言われても、ぼくは思ったことを言ったまでなんですが」
「でも…」
「そもそも出した品物に対しての批評を店の者は甘んじて受けるべきだと思います」
「それはわかるけど…ここはほんとのお店じゃないの!」
「よくわかりません。でも、このクッキーは素朴な味で良いと思います」
正当性のある円に頭を痛めながらも、撫子は聞きつけた言葉にはたと手を止める。
「――ほんとう?」
「はい」
「それ、私がレシピを書いてみんなで焼いたのよ」
「……そうですか。思ったことを言ったまでです」
口元に笑みを滲ませる撫子をちらと見て、円は少し気恥ずかしそうに先程の台詞を繰り返す。素っ気無いようでいて、先程よりもずっとやわらかに二人の間に落とされる。
歯に衣つけない円だからこそ飾ったところのない賛辞は胸に優しい。とはいえ円だけに構っている訳にもいかず、個々のテーブルにサービスをしながら配布した無料券を受け取っていく。
「――あ、いたいた」
「よかったよかった」
ふと、ドア越しにどこかうれしそうな声をかけられて視線を向ける。見れば先程無料券を渡した男子生徒たちが、足を踏み入れながらこちらに目線をくれている。
「あ…」
何やら無理やり突き出されている少年に来てくれてありがとう、と言いかけた撫子はふと伸べられた掌に捕らえられた。その上あろうことか後ろへと引っ張られて視界が舞い上がり、結わえた髪が弧を描くように跳ね散った。
「きゃっ…!」
倒れかけた撫子をふいと支えた腕が映り、いつもながら白けたような円の眼差しを受け止める。突然のことに息を詰まらせかけながら撫子は唇を結び、じろりと円を睨みつける。円は顔色をひとつ変える様子がない。
「ちょっと…っ」
「何ですか?」
「こっちの台詞よ!」
「…ああ。それもそうですね」
背を支えるように撫子を立たせてやると、円は強引な腕には余りにもそぐわないいつも通りの表情で見返しながら、それでも取った腕は解放せずにいる。
「……」
「……ちょっと、離してくれない? …どうしたの?」
「その必要性があったので、これは仕方ありません」
思案するような間の後で、円が少し不機嫌な声で答える。細い眉を寄せるように撫子を見据える瞳に答えに窮して、見詰め返すほかはない。撫子どころかクラス中の者がぽかんと展開を見守る中、円はその全ての視線を意に介さずにただ小首を傾けた。
「――必要性ってなんなの…。とにかく離して」
目尻に向かって美しく細まった切れ長の瞳は不愉快気に、そして感情の出所を追うように教室を巡らされ、ややあってドア口の少年たちのところへ一瞥をくれつつも程なく撫子のところへ帰る。
「…ああ。でもただ離すのも不愉快です。どうすればいいでしょうか」
「はい!?」
「あ」
どこへともない問いかけの後、円はふと口元に笑みを浮かべた。
「そうだ」
その笑みが単なる微笑と言うにはどこか受け流せないものを孕んでいることに撫子が硬直すると、捕らえたままの指にくいと引かれる。今度こそバランスを崩して倒れこんだ華奢な腰を、流れるように回された腕がかけらの迷いも見せないでつよく引き寄せる。囲い込まれるような体勢で崩れ落ちた撫子が呆然と目を見張るよりもさらに速く、細い指が掛かって顎を固定される。
「っ――!?」
唇に触れたやわらかなものがそのまま耳朶へと流れていく感覚に、ぞくりと背筋に駆けるものがある。
「……」
そうして再び、クラス中の空気が凍りつく。それは必ずしも学園のアイドルと言っても過言ではない美しい少女のキスシーンを目撃したからという訳ではない。
肩口に顔を埋めるようにしたその少年の瞳は、冷然と凍てついた温度のもとにドア口の少年たちを静かに射抜き、身の程を知らぬ思い上がりを嗤うかのようにやがてちいさく弧を描いた。
*
「――もうっ、信じられない…! 信じられない、信じられない! 恥ずかしくてどうにかなりそうだわ!」
まなじりを吊り上げた撫子に小一時間ほど説教されている円は、学校前の公園に群れ咲くコスモスを眺めながらベンチに大人しく鎮座している。とはいえあまり反省の色が見られない。
「その必要性がありました。あの場合においては仕方のないことだと思います」
光に透ける髪が日差しの中でふわりと揺れて、やわらかく陰影を刻んでいく。
「何が仕方が無いのよ、円の言ってることちっともわからないわ!」
「ぼくだって撫子さんの言っていることはちっともわかりません。何が恥ずかしいんでしょうか。不思議です」
ちら、と視線をくれると円は相変わらずの仏頂面もままでかすかに目を眇める。
「――あのひとがどんな目で貴女を見てたか、これっぽっちも気付いてない貴女もさっぱりわかりません。央と同レベルです、どうもおめでとうございます」
「……なんの話なのよ?」
「……もういいです」
含むところなど欠片もない撫子に、息つくように眉をひそめて円はベンチに上背をもたせかける。反った首筋にもう小学生の頃のような折れそうな頼りなさはなく、そのくせ浮き上がった鎖骨が透けるように白い。
可愛い、という言葉ではもうほとんど形容できなくなってしまった円だけれど、それにしても突然悪びれもせずにこんな行動に及んでくるとは思いもよらず、撫子は怒りと気恥ずかしさと動揺とがないまぜになりながら肩を震わせる。
「…なにそれ」
「はい?」
「酷いじゃない。…私、恥ずかしくて恥ずかしくて学校にいけない」
「べつに問題ないでしょう。貴女の学力なら問題なく志望の大学に合格できます」
「そういう問題じゃないわっ!!」
「そうでしょうか」
「そうよ…っ。ああいうことはそれこそ公衆の面前ですることじゃないわ!」
先程の円の言葉を借りてくる撫子を眺めやって、円は少しのあいだ黙りこんだ。ほとんど涙目になりながら眉を寄せて睨みつけている表情をしばらくの間見詰める。
「それは逆に言うと、公衆の面前じゃなければ良いっていうことですよね」
そんな反対解釈があるのかと問いたくなるような。
ほとんど断定的な台詞と共に、さっきの今にも関わらず円は撫子を引き寄せた。
意表をつかれて硬直する撫子の唇が、なんのてらいもない温みに塞がれる。薄い唇は暴こうとはしないまでも声を奪い取るように深く重ねあわされ、瞠目した撫子の背が反る。
「んっ…!?」
――そして、思い切り平手打ちの刑に処される。
小気味良い音とともに打ち払った撫子は、耳まで真っ赤にしながら大声で怒鳴りつけた。
「――な…なんなのよ!! 人の話ちゃんときいてるの!?」
「……」
それなりに破壊力のあった平手に頬を押さえながら、円は流れた髪の端から視線をくれる。怒り心頭に達している撫子に怒鳴られながらもふと、彼の口元は笑みを落とした。そうしてくすくすと笑い始めた円に、撫子は呆然と見詰める。
「――すみません」
貴女の言っていることはわかるんです、と目を細めながら円が続ける。
「でも、そんな顔で抗議されてもぼくにはあまり効果はないようです。ぼくはどうも自分のやりたいことは抑えられない我侭な人間のようですし、それに」
そうして向けられた視線が、見たこともない色を映して鈍く瞬く。
ただ美しいとずっと眺めてきた虹彩はいつしか透き通るばかりではなくなって、ひどく大人びた濡れた光を流している。
「貴女の怒ってる顔、すごく好きなんです」
軽く、瞬く。叱り付ける言葉を選んでいる撫子の次の一声を待つかのような悪戯めいた視線は、ただ央に従うばかりの子供めいた、それでも優しい円を見詰め続けていた撫子には見覚えがない。
それなのにそのとき、責める言葉が口の中で砕けおちた。
――その顔、好きでした
…えも言われぬ郷愁に似たものに駆られながら、それ以上の愛しさに息が詰まって呼吸すらままならなくなる。訝りながらも、全てを圧倒する高ぶりに胸を掴まれる。
「……可愛く、ない」
永遠に砕け散り、この手には戻らないのだと信じていたものに、もう一度めぐり合ったかのような。そんな途方もない思いに胸を揺すぶられながら、撫子はただ眼前の愛しい恋人にそんな言葉を投げやった。受け止めてわらう円のさまは酷く大人びて見える。もっと睨み据えてやるつもりが瞳は揺れ、陽炎のようにかすんだ景色を戸惑いと幸いで見つめた。
どこまでも正常な世界に、かわりなくやわらかな日差しがきらきらと瞬きながら降り注いでいる。
【面影】
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