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Timeless Sleep

「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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帰還ED後。央お兄ちゃん出張りすぎの巻。
円撫←央だったかもしれない設定。兄弟仲良くみんなわいわいしつつ三角関係のなごりみたいなの
いたってほのぼのです

 
 
 
 
 和やかな喧騒が甘いケーキの匂いと交わりながら、羽毛のようなふんわりとした温もりをはらんで店内に満ちている。喉元を滑り下りていくミルクティーのかすかな苦みを楽しみながら、小さく吐息してその暖かな空気に身を委ねる。瞼を伏せる。
 宝石のようなケーキを置いた有名店である半面、この店はまるで疲れて帰りついた我が家のような居心地の良さだと語るのは撫子ばかりではない。
 
 それは気取り過ぎないけれども趣味のいい内装や、そこここに置かれた丁寧な細工の施された調度品――何より、店主の纏う空気が成せる技だろう。それが、撫子の結論である。
 
「お味はいかがですか?」
 
 その店主の聞き慣れた声に視線を向けて、撫子はくすりと笑うと首を傾けた。
 
「とっても美味しく頂いてます」
「それは良かったです」
 
 澄ました微笑に央は愉しげに声をたてて笑う。そうして乗じるように胸に手をやって大仰なポーズを取り、返した掌で撫子の手元にクッキーの入った小皿を置く。
 
「こちらはサービスでございます。マンゴーの風味をお楽しみください」
「わあ、ありがとう」
 思わず掌を合わせるようにして礼をとる。冗談めかした澄まし顔はすぐに失せて、好物を前にした子供のような顔になる撫子に、央は微笑んで手を差し出す。
「どうぞどうぞー。そんな顔してくれるなら僕も本望だよ。ほんとおいしそうに食べてくれるよねー、いつも」
「え、だって本当に美味しいんだもの」
「あはは、嬉しいなあ」
「…おいしそうにって、私いつもそんなにゆるゆるな顔して食べてるの?」
「あーうん、まあそうかな?」
「!?」
「なんてね」
「……」
 
 人の好さが全面に出ている彼に噛みつくすべも持たず、ただ勢いを削がれて微妙な顔をしながら撫子は果肉そのものの匂いさえ漂わせるクッキーを食む。これは狡いと、しっとりとほどけながら口内に広がる香りにただ黙して味わう。
 
「今日も円と待ち合わせ?」
「…あ、ええ。そうなの。でもさっきメールが来たんだけど」
「うん?」
「渋滞してたらしくて、十五分くらい遅れるらしいわ」
「ええ? そうなんだ。可愛い彼女を待たせるなんてあいつも偉くなったもんだねー」
「ふふ。そう言って謝ってもらうわ」
 
 非があるときは比較的素直に、「はい謝りますよ、すみません」などと人によれば謝っているとは取られない口振りで謝る円を思い出す。今日はどんな反省していない謝り文句が聞けるのかと口元がほころぶ。
 そんな撫子の横顔に、央は呆れ混じりながらも嬉しそうに笑んだ。
 
「本当仲良しだねー、円と撫子ちゃんは。あーあ、彼女ができない一人身には眩しいよ、本当」
 
「そんなこと言って央、モテてるでしょう?」
 大袈裟に首を傾ける央に、苦笑まじりに片眉を上げる。
「出来ないんじゃなくて、央に作る気が無いように見えるけど」
「うーん、まあそれはちょっとあるかな。今は仕事が楽しくて仕方ないからね。でも…」
 
 添えて言おうとした言葉がふと喉にかかったように央は頬に手をやると、問うように見上げる撫子の瞳を気取って息をつくように目を細め、笑った。
「僕が自分から凄く好きになった子じゃないと、駄目なんだよね。そこが難しいんだ。それはもう判ってるから」
 穏やかなそれは何がしかの経験に裏打ちされた言葉だったが、それには触れずに小さく笑む。自由な彼らしい性質と思えて、ミルクティーを口に含んで甘みを転がす。
 
「素敵ね。そっか、それじゃあ出逢いがないとね」
「うんうん、それだよ。もしいい出逢いがあったらほら、結構頑張るからさ」
 爽やか過ぎる営業スマイルを浮かべて茶化す央にくすくす笑う。
「応援するわ。央ってどんな人がタイプなの?」
「んー、そうだね」
 
 少しだけからかうような声音の問い掛けに、央は顎に手をやって宙を仰ぐ。いつも円に見慣れているせいか余り目につかないが、仕事柄だろう彼も思いのほか節が張って筋肉質だ。
 考える仕草をしながらさして間も置かずに央は撫子に視線をやり、何処か冗談のように口の端を上げた。
 
「例えば。――ちょっと気が強いけど、頭がよくて思いやりがある黒髪の子、とか?」
「…黒髪が好きなの?」
 妙に具体的な答えを返すのは、何かしら昔を返すように懐かしげな優しい響きだった。きょとんとして問い返すと、央は含みのある声を出す。
「まあその子に似合ってればなんでもいいんだけどねー、髪の色とかは」
「そう、なの」
 これはひょっとして気になる人でもいるのだろうか、と思いながらも問いはせずにただ頷く。
 
「そんな感じかな? ところでどうかな、そのクッキー」
「え? ああ。…というかお父様とお母様にも食べさせてあげたいからちょっと買って帰りたいくらいよ」
「え、ほんと? よし。自信ついちゃうな」
「ふふ」
「楽しそうですね」
「ん? ――ああ、来た来た」
 
 クッキーを摘まみながら笑った端に、央の背後から突如として現れた円の、彼を知らぬ者ですら分かる程の不機嫌な声がかかった。いつもの真顔ではあるものの、それなりに整えられている髪型があちこちぴょんぴょん立っている辺り、車を降りてから走ってきたのだろう。よく見てみればかすかに息が荒い。
 それになんとなく絆されながらも、挨拶のように指摘してみる。
 
「こんにちは。遅いわよ? 円」
「ええ。それが何か」
 撫子の向かい側の席に腰を落としながら、尊大にも程があるさまで円は足を組む。
「何かって。待ってたんじゃない」
「待つっていうのは待機ってことなんですけどね。どーも、お邪魔しまして」
「あーっと」
 不穏な気配を察知した央が、何やら常に比べると遠慮というより詫びに近い声をあげる。
「ごめん。…僕が居るとややこしいからひっこむよ、うん。撫子ちゃんよかったね、とりあえず失礼。円の分持ってきてやるから」
「ありがとうございます」
 
 礼を言いながら小さく息をついて、円は頬杖をつくと撫子に一瞥をくれる。
 温かな雰囲気を持つ店内にはどうにも馴染み切らない空気を持つ円だけれど、その存在感は撫子にとっては何よりも心安らぐものだ。
 ――とはいえ、今はどうにもそれで済まない空気を持っている。
 
「…どうしたの?」
 不機嫌とただ片付けるには少しばかり別種の感情も感じさせる瞳だ。跳ねた髪をくしゃくしゃと掻き乱して慣らしながら、円がつっけんどんに問い掛ける。
「なんなんですか、さっきの。貴女の発言は」
「え…どこから聞いてたの?」
「寄っていったら耳に入ったんですよ。黒髪がどうのって、なんで貴女が央の好みなんか知りたがってんですか? 何企んでるんですか」
「何をたくらむのよ一体。央が彼女がいないって言うから、好みのタイプを聞いただけよ」
「…それが『黒髪』ですか?」
「うーん、似合ってればなんでもいいけどなんとなくってことなのかしら?」
「…」
 自分なりの解釈で曖昧に返すと、円は頬杖をついたまま細めた瞳で撫子を見据える。
「だって、ちょっと勿体ない気がしちゃって。央って凄くいい人だから」
「…そーですよ、央はいい人でいい男です。昔から言ってたでしょう、『央は素晴らしい人です』。そんなことはぼくが良く知ってます。だから報告は不要です」
「……」
 
 理解を求めるつもりで言い添えた言葉に矢継ぎ早な台詞が返される。その言いように唇を尖らせながらも、ふとソーサーを支える左手に柔い温みが触れるのを感じる。
 
「つまりですね」
 
 頬杖をほどいた円の掌が、ふわりと掌に添えられる。硬い皮膚の感触は慣れたものだけれど、触れる手の仕草の常ならぬ強引さにわずかに惑う。指の合間の柔い場所を、爪が埋めるように刺激する。息を呑む。落とした瞳を怪訝に上げてみれば、掻き乱して僅かに乱れた髪の合間から見返す光があった。
 
「『知っている』から……余計に過敏になるんですよ。ぼくが言っていること、微塵も判らないとは言わせませんよ」
 
 円の不機嫌さは、さして珍しいことではない。けれどその声には同時に底光りするような熱が混在していて、受け流すことなどできそうにもない。過敏と、その言葉から導かれる答えが何もないほどもう円を知らないわけでもない。
 有無を言わさずに指先からも分け与えられる熱に、繋ぐ言葉を見失いかける。
 
「――たとえば、円」
 つぶやく。
「なんですか?」
 円の口元だけが、ちいさく笑みを含む。
 あまり無い様子に惑いながらも、思うところもあって撫子は眉を寄せる。
「円が何か素晴らしくかっこわるいところを私に見せて、円がすごく恥ずかしい思いをしたとして」
「嫌なたとえですね」
「でも私はきっとうれしいわ」
「……はい?」
「だって、円のその格好悪いところは私だけのものなんでしょう。円がどんなに嫌がったって、ずっと覚えてるわ。……そういうことよ」
 
 出来ていようがいまいが、円の一片ならそれは愛しく、やさしい。
 だから円の思いなど本当に杞憂でしかないと。そんなことを遠回しに余り愛想が良いとは言えない口調で告げるのを、円はただ聞き届けた。表情は動かなかったけれど、重なった円の掌がかすかに身じろぐように浮いた。
 
「……そーですか」
 
 やはり愛想の無い声で返すと、円は浮かせた掌でもう一度撫子の手を握った。掌には少し緩やかさがあり、視線を交わす訳ではないけれどその目は少し落ち着きがない。
 撫子がそれに気付くか気付かないかのタイミングでふいと首を振る。
 
「ええ」
「ならいいんですよ」
「うん」
「ですけどね」
 
 にこにこ笑いが込み上げてきた撫子に応酬するように、円は重ねた手を軽く引いた。引き込まれるように身を乗り出した撫子に、体温を交わす距離で円の眼差しが映る。
 
「ぼくはほんと、こと貴女のことに関しては沸点が非常に低いんですよ」
「いつも低いんじゃないかしら…?」
「そーとも言いますけど。だから生まれてこの方一度も本気で喧嘩したことがない『お兄ちゃん』にすら、因縁をつけてしまうかもしれません」
 弱視を理由としているがそれにしたって近い、と身を引きそうになる撫子に、けれど円は抗いがたいはっきりとした声音を間近に発した。
「ぼくにそんなこと、させないように心掛けてくださいね」
 三日月型の笑みから、手元に声が落とされる。
「……え。え? ちょっと待って。私にどうしろって言うのよ」
「それは自分で考えてください」
「無茶言わないでよ」
「貴女が『黒髪』なのが悪いんです」
「何なのよ、それ」
 
 二人の兄弟の付き合いは恐らく十年強だ。その長い歳月、喧嘩せずに過ごしてきたことには悲しい事情もあるかもしれないが、思いやりから成された喜ぶべきことなのだろう。その歳月を突然意味もなく背負わされても困るというもので、撫子は一方的にもほどがあり円の言いように溜息をついた。それでも頷かない限りは、この目立ちすぎる至近距離から解放されそうもない。渋い顔で頷けば手首は解放された。
 
「…もう」
 
 言いながら、溜飲をさげたらしい円に落とすように笑む。こんなに訳がわからないことも言うし、理不尽だけれど、その合間にある深い優しさや情を知っている。そうして積み重ねてきた想いは、たとえその兄がどれほど円が尊敬する素晴らしい人であっても、ここにとびきりの色男がいたとしても太刀打ちできうるものではないのに、と。――それでも円の杞憂は、ひどくくすぐったい甘やかさで胸に染みるけれど。
 
「はーい。失礼するよー」
 
 最近ふたりの間に割って入ることに耐性がついてきたらしい央が、円の分のケーキとティーカップをトレイに載せて運んでくる。いなくなっていた間に他の席も回ってきたようだった。
 
「もう機嫌直った? 円。お前ほんと独占欲強いよね、お兄ちゃんはびっくりだよ」
 本来彼の仕事ではないはずなのだがティーカップを差し出しながら、央は片眉を上げる。
「この人は鈍いんだからちゃんと捕まえとかないとどーしようもないんですよ」
「あー、でもそれは言えるね」
 くす、と央が笑う。
「…鈍いって私のこと?」
「違うよー」
「……」
「ねえ、円」
 複雑そうな色を眉間に刻んで、ティーカップに口をつける円に、ふと央が苦笑まじりに穏やかな声をかける。
「そんな顔しなくたって、大丈夫だって」
「……ありがとうございます」
「大体お前今撫子ちゃん逃がしたら、どーにかなっちゃうだろー? 澄ました顔しててもお兄ちゃんにはお見通しだよー」
「――央、最近たまに口の利き方が微妙に性格悪いですよ」
「ええ!? 円が反抗期だからうつったかな?」
「人のせいにしないでください」
 
 撫子には意味の取り切れない振りから、応酬のように兄弟が言葉をかわすのを笑んで眺めながら撫子は唇をミルクティーで濡らす。その微笑ましげな視線に気付いたのか、円が訝しむように撫子を見返し、央は気恥ずかしげに笑って視線をくれた。
 ――自分と円が重ね続けている思いが外因的なものに侵されることのないように、この二人の間にも決して自分には見通すことができない絆のようなものがあるのだろう。撫子が、家族や幼馴染との間で大切に重ね続けていた記憶があるように。
 それにしても、と撫子はすまなく、央を見詰めた。申し訳なさそうな瞳に、央が気遣わしげに首を傾ける。
 
「――どうしたの? 撫子ちゃん」
「ううん。なんでもないのよ」
 
 どうしても、ちょっとだけ妬けてしまう。
 なんて言ったらこのどこまでも優しい人をどんなに困らせてしまうだろう。それを知っていて口に出すほど子供でも無いけれど咀嚼しきれるほど大人にもなれず、ミルクティーと共にどうか飲み下してしまえればと瞳を伏せる。その様に、兄弟は顔を見合わせて首を傾げあう。くすりと、円が笑いを落とす。
 
 三者三様の思いを内包してやはり温かなまま、名店は穏やかな午後のひと時を演出し続ける。
 
 
 
 
 
【英兄弟の恋愛事情】
 

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