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Timeless Sleep

「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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婚約してるのにラスボスであるパパに鬼のように反対されてる円くんと撫子さん。
帰還ED後。ほのぼの。


 
 
 ――どうすれば、いいというのだろう。
 
 なかば途方に暮れながら撫子はこの状況を連れてきた偶然を恨めしく思って、恋人に貰った指輪を指先で撫でる。薬指にあるそれは、つい最近、贈られたものだ。ダイヤの宝石などではなく手作りの美しい細工の施されたそれは、どんな高価なものよりも美しい。
 
 場を治める言葉は何度も口にしたが、男が一度敵を前に激してしまえばそれが例え親しい人間のものだろうと、諫める声など最早彼らには届かないのが世の常である。
 
 恋人と、父親は、折り合いが悪い。
 結婚など言語道断、というレベルに折り合いが悪い。
 それは才色兼備であり周囲からは悩みを知らないお嬢様と囁かれることも多い撫子の、目下のところ最大の悩みだった。夏の終わりを告げるほの寒い風を受けながら、場の空気はそれを越える速度で冷え切っていくのを言葉もなく見据えている。
 
「――また、君かね」
 撫子の自宅近辺の交差点で、壮年の男が冷え切った声を発する。
「はい。お久しぶりです、お父様」
「君にお父様と呼ばれる筋合いは無いと何度も言っているだろう」
「申し訳ありません。ですが将来的にそうなる心積もりで撫子さんとお付き合いさせて頂いています」
「だからそれは許さないと言っている」
「お父様の頑迷なお心を開くための努力は怠らないつもりでいます。ですので宜しくお願いします」
「…頑迷で悪かったね…。君に宜しくされる言われはない。娘には他にいい男がいくらでも」
「いません」
「ああもう、円――」
 
 一応礼儀はわきまえているのだがどうにもこうにも相手の神経を逆撫でする才能のある円に、撫子は頭を抱える。大体撫子の性格は父似であり、その撫子が恋愛フィルターをもってしても彼との喧嘩は耐えないのだから――彼らの不仲は定められたものと言えるのかもしれない。
 けれど、根本的な性質を考えれば決して仲良くなれない二人ではないとも思うのだ。
 
「そもそも英君、なんだその開いているのか閉じているのかわからない目は。人と話す時は相手の目をちゃんと見ろと教わらなかったのかね」
「…お言葉ですがぼくは今目を見開いています」
「……。…とにかくだ英君、娘との婚約も結婚も認めん」
「…お父様、それは私が決めることだって言ったでしょう」
「少し待ちなさい、撫子」
 よく見ればアルコールが入っているらしく、父の頬がかすかに赤い。ただでさえ常日頃から撫子に口煩く言い含めていることもあり、ここぞとばかりに円に冷たい一瞥をくれる。
「英君」
「はい」
「どうしても撫子との婚約を許して欲しいというなら、私を倒してからにしなさい」
「はい?」
 きょとんとした円は、ややあってこくり頷いた。
「ではそのように」
「え? ――ちょっ、円!?」
 
――止める暇もない。白いジャケットの裾がふわりと舞い、振りかぶられた腕が仄白い残像を描き出しながら――物の見事にストレートが決まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「訳がわからない」
 
 真顔で言い放った撫子は、その美しさもあいまって泣く子も黙る威圧感だ。相対する円は強気にもあわい湯気をふわりと漂わせるミルクティーに口をつけ、芳しい香りに目を細める。
 
「だから、倒せって言われたからそうしたまでですよ。宣戦布告してる相手への礼儀ですし」
「だからそれは武道を嗜んでる人の礼儀でしょう」
「倒す倒さないって言ったら普通拳と拳でしょ。紛らわしいんですよ」
「お父様はチェスのつもりだったのよ。拳ってお父様は運動なんてちっとも出来ないのよ、ちょっと走っただけで腰が痛くなってしまうのよ! もうそんなに若くはないんだから!」
 腰を浮かせながらの撫子が言わずともいいことまで言う。
「チェスってなんなんですかチェスって。ぼくにはそんな発想は一ミクロンも……ああ、央」
 ちょうどやってきた央は、このところ弟カップルの定例喧嘩会場となりつつある店内で注文に無い菓子折りを手に持っている。
「――ねえ円、さっきから話が聞こえてきてるけどそれってかなり深刻なんじゃないの? これ持って謝ってこいよ」
「…えらく立派ですね」
 礼を言いながら、円が兄の手から菓子折りを受け取る。
「…ありがとう、央。でも大丈夫。お父様は怒ってはいないのよ」
「それならいいんだけど…会ってくれないって聞いてるよ」
「うーん…でも怒ってはいないみたいなのよ」
 
 ただそれは、円がどうというより撫子のためである。円が撫子の父に一撃をおみまいした後、撫子は円を叱り付けて、不覚にもほんのすこし泣いてしまった。
 目の前で父親が怪我をしたこともあり、傷の具合を確かめて、胸を痛めて。
そしてふと、色々なことが悲しくなった。
最初に円を恋人として紹介した日からもう随分経つ。。父親っ子の撫子にとって、最愛の恋人との付き合いを父に認めてもらえないことほど悲しいことはない。それにこんな状態が続けば、そもそもの円との関係が上手くいかなくなってしまうのではないのだろうか。父親の考えを重んじながらもちいさな不安が、影のようにつきまとう。
 胸に刺す影が、驚きと怒りを引き金として溢れ出した。涙になってほんのすこし零れた。
 
 ――慌てて拭った涙をどう解釈したのか、父はそれ以上特に何も言わず、もういいと撫子を連れ帰った。重傷ではなかったこともあるが、思うところがあったのかもしれない。
 だが、円は相変わらず九楼家において門前払いの対象のままだった。
 
「あれでも手加減はしたんですよ。かなり」
「…それはわかってるわ。ちゃんと」
 父親に怪我をさせたことについつい剥きになっている。撫子はちいさく、息をつく。
「――まあ、ぼくもちょっと苛ついてたんですよね。それで気が急いたというか、それは認めますよ」
 
 断る央に首を振って、菓子折りを勘定に入れさせながら、円はやや勢いを沈めた撫子に殊勝な態度を取る。二人の喧嘩はいつもそうだ。二人とも意地っ張りだが、どちらかが折れればどちらも折れる。結局じゃれあいのようなものだ。
 
「一体いつになったら、貴女との交際を認めてもらえるのかと思ってね。そりゃぼくの口の利き方とか風貌とかが原因なんでしょうけど」
「…でもまあ、ぜんぶ含めて円だもの。取り繕ったってボロが出ちゃうし、無理してもね」
 
 自覚はある円がティーカップに口をつけながら湯気にまじらせる呟きに、撫子はちいさく笑んだ。
 
「別に、あの人に嫌われようとウジ虫のように扱われようと、痛くも痒くもないです。――でも」
 ふわり差し伸べられた掌が、撫子の頬をやんわりと撫でる。あやすようにくすぐった指先は、こめかみを伝い上って黒髪をくしゃりと混ぜる。
「貴女はぼくとの仲が反対される限りずっと、ぼくとのことを父親に対して負い目に思わなければいけないわけでしょ。それが非常に腹が立ちますしイライラしますね」
「別に負い目になんて思ってないわ」
「へえ?」
「本当よ」
「じゃなきゃどーせ変なところネガティブな貴女のことだから悩みの種になってるんでしょ? じゃなきゃ泣いたりしません、違います?」
 
 いつも通りのつっけんどんな語調ではあるが、触れる指が全てを裏切っている。髪を絡めとる指が、温かい。からかうように引っ張って、いたわるように手櫛を入れる。
全く、敵わない。その遠回しな優しさに妙な意地で返す気にはとてもなれず、撫子は笑んで頷いて自分の情けなさを肯定する。
 
「…ええ。実を言えば、そうよ」
「そーですか」
「変なところネガティブだからね、私は」
「可愛げのないとことバランスが取れていいんじゃないですか」
 言い捨てて、ぽむ、と髪を撫でながら指先が離れる。
「まあ、ぼくだって父さんに貴女との付き合いを反対されたら、小物作りに手がつかなくなる自信があります。家族に認められた付き合いじゃないとどうしても嫌なんですよ。駆け落ちなんかできません」
「うん」
「だからなんとなく、わかりますよ」
「――そう、なのね」
 
 言われてみればそれはごく自然に思い描けることだ。
 何故だか、家族と恋人の間で揺れている円をどこかで見たことがあるように思える。今その状況にあるのは自分だというのに、そんな彼にどこかで触れたような錯覚が瞼にじわりとこみあげる。悩み苦しんでいたように思える。――優しすぎて惑っていた。その愛しさを、知っている。
 恐らくそれは円の家族への愛情の深さを自分が知っているからだろう。けれど妙に説得力のある既視感だ。同じ気持ちを理解してくれるという安寧を得て、撫子は小さく微笑んだ。
 
「貴女が父親と母親を大切にするとこ、わりと気に入ってますよ。あの人はどーも好きになれないのが正直なとこですが、まーそれは…いいです」
 いいです、のあたりに微妙に無理があった円に、ふっと微笑むと、撫子は頷く。
「ありがとう、円」
「いーえ。そろそろ出ますか」
「ええ。央にお礼言わなきゃね」
 
 央に挨拶をして店を出ると、ほの寒い風が喉元を吹き上がった。街路樹が凍えるように茶の浮き始めた葉を落とし、道端にはほろほろと爛れた葉が行きかっている。
 日曜ということもあり首をすぼめた人々が往来するなかを歩き出す。もう秋が深まる。かたわらに目を向けると、円が央の持ってきた差し入れを抱え、何事か思いを巡らせていた。
 
「これから、どうしようか?」
「これから? なんとしてもあのひとを引っ張り出して、謝罪してなんなら土下座しに行きますよ」
「……え?」
「央の菓子折りを央の望まない用途で使う訳にいかないでしょ。それに央の言うことですから一度やってみる価値はあると思います」
 
 あっさりと言った円を、驚きを隠せずに撫子は見返す。決定事項のように口にされて、瞬く。
 
「心配しなくてももうイラついたりしませんから」
「――いいの?」
「いーですよ。貴女と一緒にいるためです」
 笑って、円が言い添える。
「あ、あと終わったら貴女が全身で熱烈にぼくの気持ちに応えてくれるんですし」
「……」
 いやらしく口角を吊り上げて何かを台無しにしかける円に、撫子は笑んで首を傾ける。
「考えておくわ」
「へえ? 前向きな検討をしてくださいよ」
 
 面白げに返しながら、円は紙袋を片手に持つ。身を竦ませる風に晒されている撫子の華奢な指を引き寄せ、体温を分け合うように指を重ね合わせて手を繋ぐ。
引き上げられた唇が、手の甲に寄せられる。あたたかくほのかな刺激。往来でのことに戸惑うけれど、流しこまれる温もりは、肌に触れる寒さを全て打ち消していく。紙に水が染みていくように、それが自然の摂理のように。
 
「…ねえ。お父様に、私の口からも言うわ。貴方がすごくうれしいこと、言ってくれたこと」
「…なんですか? それ」
「駆け落ちなんてできないって、どちらともの家族に認められたことじゃないと嫌だって、言ってくれたこと」
「? それ嬉しいんですか」
「嬉しいわ」
 
 自分の温もりもどうか彼の手に染みていくようにと祈るように、握る手の力を強める。円の思い描く幸福の風景が大好きだと、それをこの手で叶えたいと強く願う。

「円とずっと一緒にいたいって、すごく思ったわ」
 
 吹き抜ける風に体温を奪われるけれど、不思議と少しも寒くはない。何がそうさせるのか、今日は何か色よい変化が見られるような予感があった。
 首を傾けてかすかに苦笑を浮かべる円を横目に見る。いずれこの街道に花が咲くころにはちゃんとすべて上手くいくだろう。そうして結ばれていくものを思って帰路につくと、鮮やかに色づく景色が舞う髪の合間に見えたような気がした。
 
 
【やがて花咲く季節のために】
ギャグっぽいシーンからほのぼのっていう。それにしてもパパ、損な役回りでごめんなさい。パパは理一郎と結婚させるつもりだったんだろうな、なんだかんだで。
 

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