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Timeless Sleep

「CLOCK ZERO~終焉の一秒~」を中心にオトメイト作品への愛を叫ぶサイトです。
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円のモフモフ+撫子=天使!という主張がしたいだけの小ネタ。
未来残留ED後。ほのぼの。


 
 
 
 
 円の上着は、何がしかの引力を持っている。
 
「…いや、そんな訳ないわよね」
 
 自分の思考に突っ込みを入れながら、撫子は小棚から最早目になじんだ恋人の上着を取り上げた。ブラシで絡んだ埃を落とし、丹念に毛流れを整えていく。
 隠れ家といえども日々を過ごす家には変わりないのだから、常に清潔に、家人が心地良く帰りつける場所にしておきたい。そんな思いから、撫子は定期的に念入りな掃除をしている。手間はかかる。自分がどれほど人に依存して暮らしていたか思い知らされる。
 けれど恋人とその家族たちで暮らしている場所に手をかけることは、何よりも幸福なことだと知ったから。
 
「……よし」
 綺麗になった上着を眼前に広げて、撫子はこくり頷いた。口元に苦笑が滲む。
「――最初これを着てるのを見たときは、あぶない職業の人だと思ったのに」
 
 現金なものだ。散々円はそんなのじゃないもっとかわいかった、と言っておきながら、いまの円自身を好きになってみれば、すっかりトレードマークとして好きになった。 
 それにこの上着はふわふわしていてもふもふしているから、寄り添うととても気持ちがいい。
 
(なんてそんなこと、絶対言えないんだけど…」
 
 もふもふ、と掌を埋めながら思って――撫子はふと、その大きさと心地のよさに見入った。
 
「……」
 
 黙り込んだあと、そろ、とモフモフに手を差し出して、腕を通してみる。何してるのかしらと思うけれど、誰も見てないからちょっとくらいいいか、と納得する。
 そうして円のモフモフ上着に袖を通すと、その暖かさに感嘆しながら裾をぺろりめくる。
 
「やっぱり…ぶかぶか、よね」
 すっぽりと包みこまれる感触とともに微かに漂うのは、薄荷に似た円の香りだ。モフモフを肩口から撫でおろしながら撫子は顔を埋めるようにして微笑んだ。
 けれど、一瞬あとにはとてつもなく恥ずかしくなってくる。
「…えっと」
 さあ、と頬が熱くなっていくのを感じながらも、その心地良さはすぐには手放せない。
 
「――ああいたいた。お掃除御苦労さまです。もーいいのでちょっと来てください。今後のことについて央とぼくから大事な話が……」
 
 上着を脱ごうとしたまさにその瞬間、お約束のようなタイミングの良さで扉が開かれる。カーディガン姿の円は喋りながら撫子を見やり、そしてそのまま静止した。
 当の撫子も不意打ちに硬直してしまい、ただ円を見つめ返すしかない。
 
「――えーと…。何やってるんです?」
 しばらく経ってから円はそれだけ言うと、つかつかと撫子に歩み寄ってきた。
「…ごめんね。ちょっとその、着てみたくなっちゃったから」
 体を丸めるようにしながら撫子は詫びると、ちらと円を見返す。
(…ど、どうしたのかしら)
 
 こんな場面に直面すれば、円のことだからいやな笑いでなんで着たくなっちゃったんですかそんなにぼくのことが好きなんですか云々、とからかってきそうなものだ。それは非常に嫌だが、このタイミングで一切ノーリアクションというのもかえって恐ろしい。
 もしかすると、これは自分が思っていたよりずっと大事なもので、気軽に他人が袖を通していいものではなかったのだろうか。
 
「……」
 
 至近距離まで歩んできた円は、顎に手をやって撫子を上から下まで観察する。瞳の色は見えない。その時間が長く続くにつれ状況に耐えられなくなっていく。
 いたたまれなさに頬を真っ赤にして、撫子は声もなくモフモフを脱ごうとしたが――それは円の手に阻まれる。
 
「なんで脱ぐんですか?」
「な…なんでって、円のだもの。勝手に着てごめんなさい。ちゃんと脱ぐから許して」
「脱がなくていいです」
「はい?」
「着ててください。できれば今日が終わるまでずっとそれ着ててくださいよ持ち主のぼくの注文ですわかりました?」
「??? 何なのよ、その一方的な注文は」
「命令です。ぼくの言うこと聞いてください」
「い、いやよ、もう脱ぐ! 私いまものすごく恥ずかしいんだから!」
 
 突然の命令の意図が全くわからないながら、変化球の嫌がらせかと撫子は手をばたつかせる。だが円はなんとしても離そうとしない。
 
「おーい円ー、撫子ちゃん? はやくこっち…」
 
 すると半開きの扉から央が顔を覗かせ、室内の光景を一瞥するなり――またも静止した。常なら円と撫子が、密室で手でも掴み合っていようものなら「おーっとはいはい、お邪魔してごめんね!」と即座に去っていくものだが、何故か今日に限ってはすぐには動かない。
 
「…ちょっと、央? 助けてくれない? 円が変なのよ。これ、脱がせてくれないの」
 手を掴まれたままの撫子が助けを求めると、撫子を見据えたまま固まっていた央は、はたと我に返ったように視線をあわせる。
「…あーうん。そっか」
「……?」
 何やら歯切れの悪い央に、撫子は眉をひそめる。問うように見ると、央は頬を掻きながら言った。
「撫子ちゃんさー、それ反則だよ。男心にクリーンヒットしちゃってるよ」
「クリーン…?」
 
 こんなにぶかぶかの似合わない男物を着て何がクリーンヒットだというのだろうか。
首を傾けながらよく見ると、央の顔がかすかに赤いことに気付く。苦笑いで逸らされる。
 円とは別の意味でそれなりに女慣れしている印象のあるの珍しい反応に思わず目を奪われそうになるが――円が半開きの扉を容赦無しに蹴りつけたので叶わない。
 
「見ないでください。減ります、出ていってください」
「お兄ちゃんになんてこというのかな。いやでもこれは仕方ないね、うんうん、とりあえず退散させてもらうよ」
「央が理解を示してくれて嬉しいですが不愉快です」
「え? ちょっと待って、央…っ」
 
 またそれ見せてほしいなと、言い置かれる。何やら相互理解を完成させた上で、円満に去っていった央を撫子は留めようとしたが、それより先に足音は離れていく。
 央を追いやるようにした円は、壁際に佇んで一瞥をくれる。
撫子の手首を掴んだまま、溜息まじりに目を細めた。
 
「――もう、なんなのよ一体。脱がないでって部屋も出してくれないで、大切な話があったんじゃないの? 訳がわからないわ!」
「…話なら後でいくらでもしてあげます」
 
 苛立ちを滲ませ始める撫子にただ返すと、円は口元に手を運んだ。
節の張った指で溜息を飲み込むように顔全体を覆う。だが隠しきれない耳が微かに赤くなっているのを撫子は見逃さず、信じがたい気持ちで問い掛ける。
 
「よ、よくわからないけど――円、照れてるの?」
「はいはいそうですよ、悪いですか」
 喧嘩越しで認めながら円は手を降ろすと、撫子の姿を見返して苦笑いする。
「不意打ちで爆撃されて沈没した状態ですかね、今は」
「…沈没しちゃったの?」
 よくわからない解説を入れられて撫子は戸惑いながら円を覗きこもうとしたけれど――円は顔を見られるのを厭うように顔を背け、代わりに顔を覆っていた手で撫子を包み込んだ。
「…腹が立つくらい可愛すぎるってことですよ。……言わせましたね。こんな醜態恥ずかしすぎて嫌なんですけどとりあえず」
「…とりあえず?」
「今は黙って抱きしめられといてください」
「――」
 
 命令口調だが、語尾は観念したように細まってしまう。
 ここにきてようやく、今の自分の姿がひどく円の「男心」らしきものに嵌まってしまったことに撫子は気付きながら、ぎゅうと抱きしめらてくる腕を感じている。
 何やら央にからかわれてしまったし、自分ではとても可愛いとは思えない恥ずかしい格好だし嫌なのだけれど、そもそも早く脱ぎたいのだけれど、と思いながら撫子は瞬く。
 
 ――けれど強烈な引力を持つ上着の心地よさよりもずっと、恋人の腕の中は温もりとふわふわした気持ち良さに溢れていることを実感したから。
「…いいわ」
 ここはただ従っておこうと撫子は、額に降らされる温もりをかすかに笑んで記憶した。
 
 
【温かくて柔らかい、】
円のモフモフについて考えてたら書きたくなっただけです!

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